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岩淵八雲神社|北区岩淵町の神社、岩淵宿鎮守、旧村社

岩淵八雲神社の概要

岩淵八雲神社は、北区岩淵町にある神社です。岩淵八雲神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には日光御成道岩淵宿の鎮守で、明治期には村社に列格していたといいます。

岩淵八雲神社
岩淵八雲神社の概要
社号 八雲神社
祭神 建速須佐之男命
相殿 -
境内社 水神社、市杵島神社、御嶽神社、稲荷神社、第六天神社、白山神社
住所 北区岩淵町22-21
備考 岩淵宿鎮守、村社



岩淵八雲神社の由緒

岩淵八雲神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には日光御成道岩淵宿の鎮守で、明治期には村社に列格していたといいます。

北区教育委員会掲示による岩淵八雲神社の由緒

岩淵八雲神社は、岩槻街道の東裏、荒川堤防の南側近くに鎮座します。この神社は、江戸時代に徳川将軍が日光東照宮に参詣する際に利用した日光御成道の第一の宿場として栄えた岩淵宿の鎮守社でした。祭神には須佐之男尊が祀られています。創建年代は不詳ですが、江戸時代後期に編纂された「新編武蔵風土記稿」には、「牛頭天王社、宿ノ鎮守トス、正光寺持」とあり、これが「テンノウサマ」として親しまれていたことがわかります。また神仏分離以前には正光寺が別当寺でした。明治6年7月に村社に定められ、それ以来、赤羽八幡神社の兼務社となっています。
境内には、本殿、幣殿・拝殿、神楽殿、末社水神社が配置されています。水神社は舟運業者の信仰を集めた神社です。祠の右側には「寛政12庚申正月吉日」の年紀が刻まれています。また、勝海舟が荒川で足止めされたときに書いたとされる大幟旗も所蔵します。
現在、本殿は、末社水神社の祭礼とおもに隔年ごとの六月第1土曜・日曜に行われています。このとき、氏子たちによって神輿が巡幸されます。
参道の端に「岩淵町、町名存続之碑」があります。昭和37年5月に「住居表示に関する法律」が交付されると、北区も住居表示の変更を進めました。由緒ある岩淵町の名を守るため、岩淵町1丁目の住民は町名存続運動を展開しました。この石碑は、そのときの記憶を未来へと刻むものです。(岩淵八雲神社境内掲示より)

新編武蔵風土記稿による岩淵八雲神社の由緒

(岩淵宿)牛頭天王社
宿の鎮守とす正光寺持下同じ。
末社。稲荷、辨天、白山社(新編武蔵風土記稿より)

「東京都神社名鑑」による岩淵八雲神社の由緒

創立年代不詳。岩淵本宿の大字名において知るごとく、封建時代を通じて岩槻街道に沿う旧社の一つであることは明らかである。もと正光寺支配であった。現在の社殿は昭和四年に改築し、同十年社務所を新築した。(「東京都神社名鑑」より)

「北区史」による岩淵八雲神社の由緒

八雲神社(岩渕)
岩渕町二ある。岩槻街道の東裏荒川新大橋の南西近くに鎮座する。祭神は須佐之男命、岩渕本宿の鎮守で、元は正光寺持であつた。例祭は六月七日(昭和三年迄は七月七日)境内面積三百六十九坪。境内に末社稲荷神社、市杵島神社、水神社がある。(「北区史」より)


岩淵八雲神社の周辺図