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南蔵院|葛飾区立石にある真言宗豊山派寺院

南蔵院の概要

真言宗豊山派寺院の南蔵院は、五方山立石寺と号します。熊野神社の別当寺として長保年間(999-1004)に創建したと伝えられています。境内からは、明治時代に破却されたものの古墳が出土しており、古くから栄えた一角にあります。南葛八十八ヶ所霊場37番、荒綾八十八ヶ所霊場4番、新四国四箇領八十八ヵ所霊場17番です。

南蔵院
南蔵院の概要
山号 五方山
院号 南蔵院
寺号 立石寺
住所 葛飾区立石8-40-25
本尊 胎蔵大日如来坐像
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 南葛八十八ヶ所霊場37番札所、荒綾八十八ヶ所霊場4番札所



南蔵院の縁起

南蔵院は、熊野神社の別当寺として長保年間(999-1004)に創建したと伝えられています。

新編武蔵風土記稿による南蔵院の縁起

南蔵院
新義真言宗上小松村正福寺末、五方山立石寺と号す。本尊大日。中興開山賢、寛永9年寂す。当寺宝暦5年より此邊御放鷹の時は御膳所を勤めしか、近き頃は御立寄の沙汰なしと云。
鐘楼、延享3年鋳造の鐘をかく。(新編武蔵風土記稿より)

葛飾区寺院調査報告による南蔵院の縁起

寺伝によれば、長保年間(999-1004)五行にかたどった五角の地に熊野権現を勧請して五方山と名づけたという。熊野神社は江戸時代には立石村の鎮守で、当寺の持であった。永享元年(1427)正福寺第5世法印賢寛が中興した。宝暦5年(1755)将軍放鷹のとき御膳所に指定されたが、文政10年(1827)以降そのことは絶えた。安政二年(1855)の大地震により本堂が倒れ、明治3年第13世戒順律師が再建、同8年8月の大風雨により境内の古松が倒れかかって堂宇は再び大破し、同9年4月改築を行った。大正14年客殿を新築、本堂の一部と庫裡を修築した。当寺には鎌倉-室町時代の板碑数基が保存され、延享3年(1746)在銘の旧梵鐘は今次の戦争に供出し、現在の梵鐘は当寺と無関係のものである。次に元文4年の「正福寺惣門末起立録」と旧梵鐘銘を掲げる。(旧梵鐘銘は省略)
西葛西領立石村 五方山 立石寺 南蔵院
1 本尊 大日如来
1 開基 永享九巳年 法印賢覚 元文四巳未年迄 凡三百壱年
1 熊野権現社地 3反6畝8歩 御除地
1 山王権現社地 24歩 右同断
1 寺附 1町1畝11歩 御年貢地
1 境内 4反5畝15歩 御除地
1 性海代買添 1町7反1畝7歩 年貢地
1 御代官所 伊那半左衛門殿(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)


南蔵院所蔵の文化財

  • 南蔵院裏古墳出土遺物一括(葛飾区登録有形文化財)

南蔵院の周辺図


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