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青柳寺。相模原市南区上鶴間本町にある日蓮宗寺院

青柳寺の概要

日蓮宗寺院の青柳寺は、方運山と号します。青柳寺は、明応8年(1499)に日朝が起こした清龍寺という草庵を基に、渋谷越後守義重が開基となり、律正院日題を開山に迎えて天正11年(1583)創建したといいます。

青柳寺
青柳寺の概要
山号 方運山
院号 -
寺号 青柳寺
本尊 大曼荼羅
住所 相模原市南区上鶴間本町3-7-14
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



青柳寺の縁起

青柳寺は、明応8年(1499)に日朝が起こした清龍寺という草庵を基に、渋谷越後守義重が開基となり、律正院日題を開山に迎えて天正11年(1583)創建したといいます。

平成さがみはら風土記稿による青柳寺の縁起

青柳寺は、JR横浜線町田駅より南へ400mにある日蓮宗の寺院です。『風土記稿』によると、本覚寺(鎌倉市)の末寺で(現在は身延山久遠寺の末寺)、山号を方運山といい、釈迦如来を本尊とし(現在の本尊は大曼荼羅)、開山を律正院日題としています。
これについて寺伝では、天正11年(1583)足利義昭に仕える渋谷越後守義重という人が夢の知らせにより、日題を請じてこの地に寺を建立したと伝えています。ちなみに、そこにはすでに明応8年(1499)日朝によって結ばれた「清龍寺」という小庵があり「青柳寺」は再興に際しての「清龍寺」の改称だといわれています。
江戸時代、当寺にも教育の場として寺小屋が開かれていました。また、明治17年(1884)には自由民権運動の舞台ともなり、これを記念する「武相困民党発祥之地」の稗が建てられています。なお、昭和56年まで使用していた庫裡は大型の近世上層民家の構達と庫裡の要素を持つ建築物として極めて貴重であり、県指定重要文化財として解体保管され、近い将来には移築復元されることになっています。
境内には、いくつもの句碑が立ち並んでいます。これは近年、当寺の住職を中心に俳句が盛んに行われたことを示すものです。(平成さがみはら風土記稿より)

新編相模國風土記稿による青柳寺の縁起

(上鶴間村)青柳寺
方運山と號す、日蓮宗鎌倉本覚寺末、開山律正院日題と云ふ、本尊釈迦を置く。
鐘楼。鐘は宝永三年の鋳造なり。
鹿島社。小名谷口の鎮守とす、正徳元年再建の棟札あり、古は村の北界にあり、舊地石祠を置き、元鹿島と稱す。
番神堂。(新編相模國風土記稿より)


青柳寺所蔵の文化財

  • 庫裡(県指定重要文化財)

青柳寺の周辺図




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