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妙遠寺。川崎市川崎区にある日蓮宗寺院

妙遠寺の概要

日蓮宗寺院の妙遠寺は、長経山と号します。妙遠寺は、日順(寛文8年1668年寂)が開山となり創建したといいます。

妙遠寺
妙遠寺の概要
山号 長経山
院号 -
寺号 妙遠寺
住所 川崎市川崎区宮前町6-5
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



妙遠寺の縁起

妙遠寺は、日順(寛文8年1668年寂)が開山となり創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による妙遠寺の縁起

(川崎宿砂子町)妙遠寺
南側にて往還より三十八間程奥にあり、長経山と号す。小杉村妙泉寺より起立せし寺なれば、かの寺の山号を用ゆと云。日蓮宗にて安房国平郡吉濱村妙本寺の末寺なり。開山日順寛文八年五月十八日寂せり。本堂五間に六間西北に向へり。本尊は日蓮の像にて長一尺五寸許の坐像なり。
稲荷社。堂の後にあり。(新編武蔵風土記稿より)

妙遠寺所蔵の文化財

  • 泉田二君功徳碑

泉田二君功徳碑

泉田二君功徳碑川崎市が現在のように発展するまでには、多くの先人たちの努力がありました。なかでも、江戸時代に活躍した小泉次太夫と田中休愚の功績は、忘れることができません。
小泉次太夫(一五三八〜一六二三)は江戸時代初期の人で、徳川幕府の用水奉行として、二ヶ領用水・六郷用水の開削工事の総指揮をとりました。稲毛領(現在の多摩区・宮前区・高津区・中原区および横浜市港北区北部のあたり)と川崎領(現在の川崎区・幸区のあたり)の二つの領をむすぶ二ヶ領用水は、慶長二年(一五九七)から慶長十六年(一六一一)までの十四年間をかけて開削された人工の農業用水で、県内では最古とされています。
田中休愚(一六六二〜一七二九)は江戸時代中期の人で、衰退しかけていた川崎宿を建て直したり、大岡越前守忠相に認められて勘定支配格となり、二ヶ領用水の改修などで活躍しました。また、大著「民間省要」を書き上げ、幕府の政策に対して庶民の立場から提言を行ない、民政に大きな業績をあげました。
この功徳碑は、二人の功績を後世までたたえるために、苗字のうちから一字づつをとって泉田二君功徳碑と名づけられ、明治二十二年(一八八九)に建てられました。(川崎市教育委員会掲示より)


妙遠寺の周辺図


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