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久地神社。川崎市高津区久地の神社

久地神社の概要

久地神社は、川崎市高津区久地にある神社です。久地神社の創建年代等は不詳ながら、赤城神社と称して、現在本社とする溝口神社と兄弟神だったといいます。明治初年祭神を天照皇大神に改めて久地神社と改称、明治14年には久地地区の三社を合祀したといいます。

久地神社
久地神社の概要
社号 久地神社
祭神 天照皇大神
相殿 -
境内社 -
祭日 10月第1土日曜日
住所 川崎市高津区久地1-39-1
備考 -



久地神社の由緒

久地神社の創建年代等は不詳ながら、赤城神社と称して、現在本社とする溝口神社と兄弟神だったといいます。明治初年祭神を天照皇大神に改めて久地神社と改称、明治14年には久地地区の三社を合祀したといいます。

新編武蔵風土記稿による久地神社の由緒

(久地村)赤城社
村の南の丘にあり、此所の鎮守なり、社二間に一間半東南向、前に石階あり、そこに木の鳥居をたてり、祭禮六月十九日村内浄元寺のもち。(新編武蔵風土記稿より)

神奈川県神社誌による久地神社の由緒

新編武蔵風土記、橘樹郡久地村の条に「赤城社、村の南の丘にあり、此所の鎮守なり、社二間に一間半、東南向、前に石段あり木の鳥居たてり、村内浄元寺持」とある。現在の社殿は明治十四年五月久地地区の三社を合祀した際の建築で、現所在地は元禄十四年五月元久地村の一部三十八戸にて赤城神社を祀った故地である。(神奈川県神社誌より)

境内掲示による久地神社の由緒

神社の創立年代は定かではないが、風土記には「赤城社、村の南の丘にあり、此所の鎮守なり、社二間に一間半、東南向、前に石段あり木の鳥居たてり、村内浄元寺持」と記載されています。
江戸時代、神仏習合の時代には、赤城社と称され、現在本社とする溝口神社と兄弟神と伝えられていたことから、武を司る毘沙門天・財を司る弁財天をお祀りしていたと云われております。
明治初年、神仏分離により神体は、近隣寺院に合祀され、祭神を天照大神と改め、社名を久地神社と改称致しました。
現社殿は、昭和四十一年十月に再建されたものである。(境内掲示より)


久地神社の周辺図