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赤城神社。川崎市高津区上作延の神社

赤城神社の概要

赤城神社は、川崎市高津区上作延にある神社です。赤城神社は、元暦元年(1184)に舛形山城主稲毛三郎重成が当地に砦を築いた際、巽の方角に當当地に第六天神社として創建したといいます。建久4年(1193)に磐筒雄命を奉じて赤城社と改称、寛元元年(1243)には近隣十七郷の氏神と尊称されていたものの、現在は三田筑後守の末裔が中心として奉祀しているといいます。

赤城神社
赤城神社の概要
社号 赤城神社
祭神 磐筒雄命
相殿 -
境内社 -
祭日 9月25日
住所 川崎市高津区上作延210
備考 -



赤城神社の由緒

赤城神社は、元暦元年(1184)に舛形山城主稲毛三郎重成が当地に砦を築いた際、巽の方角に當当地に第六天神社として創建したといいます。建久4年(1193)に磐筒雄命を奉じて赤城社と改称、寛元元年(1243)には近隣十七郷の氏神と尊称されていたものの、現在は三田筑後守の末裔が中心として奉祀しているといいます。

新編武蔵風土記稿による赤城神社の由緒

(上作延村)赤城社
村の東にあり本社一間四方前に七級の石階ありて其下に拝殿あり、三間四方にして南向なり、鎮座の年代を傳へず、今村内の鎮守なり、神體は毘沙門を本地として祀れり、其像長二寸許にして立身なり、別當延命寺に蔵せり社前に畑あり近き頃古鏡一面を掘出せり、年代は知ざれど尤古色と見ゆ。(新編武蔵風土記稿より)

神奈川県神社誌による赤城神社の由緒

赤城神社は古くは第六天神社と称していた。元暦元年(一一八四)に舛形山の城主稲毛三郎重成が源頼朝の命を受けて、この上作延に出丸を築いたとき巽の方にお祀りしたものという。その後建久四年四月那須野原の巻狩に従った稲毛重成が、一夜上州赤城山の霊夢を見たので帰城の後磐筒雄命を奉じて、この第六天神社にお祀りして社名を赤城大明神と改称した。寛元元年には近隣十七郷の氏神と尊称されていたが、現在では文禄三年に武州八王子で戦死した三田筑後の末裔たる三田本家を中心とした一族によって奉祀が続けられている。(神奈川県神社誌より)


赤城神社の周辺図