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鹿島大神。川崎市幸区鹿島田の神社、鹿島田の鎮守

鹿島大神の概要

鹿島大神は、川崎市幸区鹿島田にある神社で、当地名鹿島田の由来ともなった神社です。鹿島大神の創建年代は不詳ですが、鎌倉時代に当地へ開墾に入った人々が鹿島神宮から勧請して創建したと伝えられます。江戸時代には、鹿島田村の鎮守となっていました。新鶴見操車場の建設に伴って昭和2年当地に移転したといいます。

鹿島大神
鹿島大神の概要
社号 鹿島大神
祭神 武甕槌命
相殿 -
境内社 -
祭日 秋大祭10月第2日曜
住所 川崎市幸区鹿島田684
備考 鹿島田幼稚園併設



鹿島大神の由緒

鹿島大神の創建年代は不詳ですが、鎌倉時代に当地へ開墾に入った人々が鹿島神宮から勧請して創建したと伝えられます。江戸時代には、鹿島田村の鎮守となっていました。新鶴見操車場の建設に伴って昭和2年当地に移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による鹿島大神の由緒

鹿島社
村の南の方にてこの所の鎮守なり。本社2間に3間拝殿も同じ。神体鹿島香取息栖の三神いずれも長3寸許の立像にて束幣の形なり。本地佛は釈迦坐像長2寸村内浄蓮寺の持。
末社
第六天社。本社に向て左の方にあり。
稲荷社。是も同邊にあり。いづれも小祠。(新編武蔵風土記稿より)

神奈川県神社誌による鹿島大神の由緒

創立年代不詳、かつては現在の新鶴線の中央に鎮座されていたが現在地に移転後も当村住民の信仰厚く、明治年間迄は鹿島様と愛称され、祭礼には盛大な市が立ち近在近郷かち参詣者が多かった。又村内の小高い所に在り洪水時は村民の命を守ったと云われ、現在も村の守護神として多くの崇敬者から崇められている。(神奈川県神社誌より)

境内掲示による鹿島大神の由緒

本神社は鎌倉時代現在の鹿島田あたりに開墾に入った人々が今日関東地方で広く知れ渡った鹿島神宮から勧請(神の分霊を移し祭ること)して創建されたと伝えられています。
やがて開墾が進み水田ができあがるとこれを村の鎮守鹿島大神に寄進した。のちに鹿島田の水田・・・こうしていつのまにか「鹿島田」という地名が生まれたと言われています。
文献上に初めて鹿島田の地名が見えるのは鎌倉時代で弘安9年11月29日(1286年)鶴岡八幡宮に寄進され「武蔵野国鹿島田郷」と記されています。
町名にも関係する鹿島大神は、昭和の始頃までは「鹿島さま」といわれていて12月には大きな市がたち奉納相撲などもあり近隣の村々から大勢の人々が集まり大変賑わったといわれています。
新鶴見操車場の建設に伴って昭和2年に現地に移転しましたが、それまでは操車場の中の宮城野711番地信号所附近に建っていたそうです。(境内掲示より)


鹿島大神の周辺図


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