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徳丸北野神社|板橋区徳丸の神社

徳丸北野神社の概要

徳丸北野神社は、板橋区徳丸にある北野神社です。徳丸北野神社の創建年代は不詳ですが、江戸期には徳丸本村の鎮守社であったといい、明治5年には村社に列格していました。当社の「田遊び」は国重要無形民俗文化財となっています。

徳丸北野神社
徳丸北野神社の概要
社号 北野神社
祭神 菅原道真公
相殿 天照大御神、猿田彦尊、保食命
境内社 須賀神社、稲荷神社、杵築神社、天祖神社、石上神社、三峯神社、浅間神社、水神宮、天王神社、三山神社
住所 板橋区徳丸6-34-3
備考 -



徳丸北野神社の由緒

徳丸北野神社の創建年代は不詳ですが、江戸期には徳丸本村の鎮守社であったといい、明治5年には村社に列格していました。当社の「田遊び」は国重要無形民俗文化財となっています。

新編武蔵風土記稿による徳丸北野神社の由緒

(徳丸本村)天神社
村の鎮守なり、毎歳正月十一日田遊祭と云神事あり。
末社妙義、疱瘡神。
神職。大野摂津、吉田家の配下なり。(新編武蔵風土記稿より)

「いたばしの神社」による徳丸北野神社の由緒

「田阿曽美(田遊び)祭」の起源とされている。このことは古書「天神宮紀」に見られることである。
宝永七庚寅年(一七一〇)十二月十四日吉田家より大野政武祇官許状申受け今日に伝襲する。江戸時代は天神社又は天満宮の社号であったが、明治三年五月四日付で「北野神社」の改号届を浦和県庁に提出し、同六年東京府より社号改正を申し付けられた。しかし一之鳥居の石額に、「北野神社 享和三年当村若者中」と見られるところから、この社号を用いた時期もあったようである。旧社格は村社で明治五年十一月十九日に定められた。(「いたばしの神社」より)


徳丸北野神社所蔵の文化財

  • 田遊び(国重要無形民俗文化財)

北野神社と無形民俗文化財「田遊び」

北野神社と無形民俗文化財「田遊び」
長徳元(九九五)年京都北野神社より勧請する。道真公は平安朝時代の学者で右大臣に任ぜられ、のち藤原時平の嫉にあい九州の太宰府に流されてその地にて没す。没後は天神とあがめられ、学問、能筆の守り神として庶民の間に崇敬をあつめている。
無形文化財「田遊び」は、毎年二月十一日夜間、五穀豊穣を祈願して行なわれる。この夜地の神を招き、農家一年間の行事を所作と唄で表わす古い形を残した祭りである。
また、毎年五月には獅子舞が行なわれ、悪疫の退散と子供の無事生長が祈願される。(板橋区教育委員会掲示より)


徳丸北野神社の周辺図


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