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妙音寺|江戸川区一之江にある真言宗豊山派寺院

妙音寺の概要

真言宗豊山派寺院の妙音寺は、医王山不動院と号します。妙音寺は、秀栄上人が開山となり建久元年(1190)に創建した古刹で、秀誉(天正3年1575年寂)・大空法師(安永9年1780年寂)が中興したといいます。

妙音寺
妙音寺の概要
山号 医王山
院号 不動院
寺号 妙音寺
住所 江戸川区一之江5-8-20
本尊 阿弥陀如来像
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



妙音寺の縁起

妙音寺は、秀栄上人が開山となり建久元年(1190)に創建した古刹で、秀誉(天正3年1575年寂)・大空法師(安永9年1780年寂)が中興したといいます。

江戸川区教育委員会掲示による妙音寺の縁起

妙音寺は真言宗豊山派で医王山不動院と号します。建久元年(1190)秀栄上人の開山といわれ、「江戸名所図会」などにも記載されている、区内でも有数の古刹です。のち秀誉上人(天正3年1575年8月寂)や、大空法印(安永9年1780年2月寂)がそれぞれ中興しました。本尊は木造十一面観音立像で桃山時代の作です。そのほか、春日仏師作といわれる薬師如来がまつられています。境内から、南北朝時代などの板碑数基が発見されました。
片目の鮒の伝説
むかし、ひとりの目の不自由な娘がいました。その娘は、目を治そうと、妙音寺の薬師如来に21日の願をかけ、食を断ってお祈りしました。すると満願の日に、目が見えるようになりました。娘はお礼にと薬師の池にたくさんの鮒を放ったところ、鮒は全て片目になったといわれています。(江戸川区教育委員会掲示より)

新編武蔵風土記稿による妙音寺の縁起

(東一之江村)妙音寺
新義真言宗、青戸村宝持院末、医王山不動院と号す。建久元年起立。開山秀栄、中興開基秀誉は天正3年8月21日卒す。其後又大空と云僧中興すと云。此僧は安永9年2月16日寂す。本尊薬師、春日の作。長2尺秘佛なり。
弁天社。諏訪社。(新編武蔵風土記稿より)

「江戸川区史」による妙音寺の縁起

妙音寺(一之江三丁目一番地六号)
真言宗豊山派で医王山と号し青戸の宝持院末であった。建久元年(一一九〇)秀栄上人の開山と伝えられる区内でも有数の古寺で、『江戸名所図会』などにも記載されている。中興開山は秀誉(天正三年八月寂)及び大空法印(安永九年二月寂)で、当時は可なり広い境内があったようである。現在一三〇メートル位南方の水路の右橋に「薬師橋」の名が残っている。
本尊は木造十一面観音立像で、また春日仏師作というビンズル尊者像をまつる。同寺の過去帳は世間の出来事なども書き加えている珍しいものとして知られている。境内に薬師堂があり、春日仏師作という薬師如来をまつる。この薬師には「片目のフナ」の伝説があり、眼病の者が願がけして平癒したとき、お礼にフナを池に放ってやると、フナは身代りとなって皆片目になっているといわれ、多くの祈願者があった。その他「朱の瓶」の伝説があり、境内から南北朝時代の板碑も発見されている。(「江戸川区史」より)


妙音寺所蔵の文化財

  • 木造阿弥陀三尊像(江戸川区指定文化財)

木造阿弥陀三尊像

本堂脇壇に安置される三尊です。中尊の阿弥陀如来坐像は鎌倉時代初期の作風を示す秀作です。また、両脇侍(観音・勢至)は南北朝時代に補われたと考えられます。(江戸川区教育委員会)

妙音寺の周辺図