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正養寺|江戸川区平井にある真言宗豊山派寺院

正養寺の概要

真言宗豊山派寺院の正養寺は、慈眼山と号します。正養寺は、有遍法印(延宝3年1675年寂)が船堀村西船堀に創建、荒川の開削工事により、大正2年(1913)宝泉院があった当地へ移転したといいます。南葛八十八ヶ所霊場53番、76番札所です。

正養寺
正養寺の概要
山号 慈眼山
院号 -
寺号 正養寺
住所 江戸川区平井2-5-18
本尊 木造阿弥陀如来立像
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 南葛八十八ヶ所霊場53、76番札所



正養寺の縁起

正養寺は、有遍法印(延宝3年1675年寂)が船堀村西船堀に創建、荒川の開削工事により、大正2年(1913)宝泉院があった当地へ移転したといいます。

江戸川区教育委員会掲示による正養寺の縁起

当寺はもと船堀村西船堀639番地にあったが、荒川の開削のため、大正2年(1913)に現在地に移転した。なおこの地には宝泉院があったが、明治7年(1874)廃寺となっていたので、これを合併した。
真言宗豊山派で、慈眼山と号し、もと東小岩善養寺末であった。開山は延宝年間(1673-1681)有遍法師が起立し、本尊は木造阿弥陀如来立像である。(江戸川区教育委員会掲示より)

新編武蔵風土記稿による正養寺の縁起

(船堀村)正養寺
同宗東小松川村善照寺末、慈眼山と号す。本尊阿弥陀。開山宥遍、延宝3年5月9日寂せり。(新編武蔵風土記稿より)

廃寺となった寶泉院について

(逆井村)寶泉院
新義真言宗、東小松川村善照寺末、光明山と号す。本尊阿弥陀。(新編武蔵風土記稿より)

「江戸川区史」による正養寺の縁起

正養寺(平井二丁目五番一八号)
真言宗豊山派、慈眼山と号しもと善養寺の末。延宝年間に有遍法印が開山し、本尊は木造阿弥陀如来立像である。これはもと胎内仏で、戦時中疏開させてあったが、寺に残されていた本尊が戦災により建物と共に焼失したので胎内仏を本尊とした。
当寺はもと船堀村西船堀六三九番地にあったが荒川の開さくにより大正二年この地に移転した。なおこの敷地には宝泉院があったが明治七年廃寺となっていたので移転と共に合併した。墓地の入口に昭和三十二年三月十日小松川、逆井、平井の有志によって建立された「戦災殃死者慰霊塔」がある。この地区は戦災で殆ど全焼し多くの死者を出した。また都心から逃がれる途中の死者も多かった。空襲の合間を見て改めて火葬にされたその灰がこの塔下に埋められている。毎年護持会によって慰霊祭が執行されている。(「江戸川区史」より)


正養寺の周辺図