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妙光寺|江戸川区平井にある日蓮宗寺院

妙光寺の概要

日蓮宗寺院の妙光寺は、安立山と号します。妙光寺は、慶長年(1598)8月12日に安立院日鐃上人が創建したといいます。

妙光寺
妙光寺の概要
山号 安立山
院号 -
寺号 妙光寺
住所 江戸川区平井6-12-9
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 永代供養墓平井大慈母殿
備考 -



妙光寺の縁起

妙光寺は、安立院日鐃上人が慶長3年(1598)に創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による妙光寺の縁起

(下平井村)妙光寺
日蓮宗下総国中山法華経寺末、安立山と号す。本尊三寶又伝教の刻める鬼子母神を置。外に塚の中より出しと云黄金の祖師像を安す。昔千葉家にて、祖師の黄金佛三十三体を鋳さしめしことあり。船堀村紋右衛門が蔵する像は其一なりと云。此像それと相似たれば恐くは是も三十三体の一なるべし。開山日饒、寂年を傳へず。(新編武蔵風土記稿より)

江戸川区教育委員会掲示による妙光寺の縁起

安立山と号し、慶長三年(1598)八月十二日に安立院日饒上人が創建したと伝えられる日蓮宗の寺です。元禄年間(1688-1704)に津波で堂宇を焼失しましたが、日信上人が中興し、また大正四年(1913)に日台上人が中興し、また大正四年(1913)に日台上人が再興しました。現在の本堂は水害防止のため床を高くしてあり、昭和四十一年(1966)に改修したものです。(江戸川区教育委員会掲示より)

「江戸川区史」による妙光寺の縁起

妙光寺(平井六丁目一二番九号)
日蓮宗、安立山と号し慶長三年(一五九八)八月十二日安立院日饒上人が創立した。その後元禄年間に津浪で堂宇を流失したが日信上人が中興し、また大正二年に日台上人が再建した。現在の本堂は水害を防ぐため床下を高くしてあり昭和四十一年に新築した。
本尊に日蓮聖人座像と小金像をまつる。この小金像は高さ二センチメートル程の聖人像で、もと加藤清正が朝鮮出兵の時守り本尊としてかぶとの中に入れていたものといわれ、親戚にあたる日饒上人が記念に拝領して本尊とした。ところが元禄の津浪で寺院と共に流失した。その後文化四年六月のこと、近くの漁師文治郎という者が中川からシジミと共に引きあけて届けた。よって俗に「シジミの御祖師様」と称せられて多くの人から信仰された。このほか伝教大師作という鬼子母神像をまつる。(「江戸川区史」より)


妙光寺所蔵の文化財

  • 田口初右衛門筆子塚(江戸川区登録有形文化財)
読み書きを寺子屋で習った生徒を筆子といい、成長した筆子が師匠の菩提を弔うために建てた供養塔や墓誌を筆子塚とよびます。
妙光寺の田口家墓所の墓石に「門弟中」と刻まれた初代初右衛門は、文化9年(1912)に寺子屋を開きました。江戸川区内では最も早いものの一つです。初代の教えを受けた筆子たちがこの建立に助力したものと考えられます。同じ墓石に安政4年(1857)に寺子屋を始めた二代目初右衛門の戒名も刻まれています。(江戸川区教育委員会の案内板より)

妙光寺の周辺図