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萬福寺|江戸川区にある真言宗豊山派寺院

萬福寺の概要

真言宗豊山派の萬福寺は、五社山明寿院と号します。萬福寺は、宥唯上人が開山となり、天文5年(1536)創建したといいます。明治15年に区内で2番目の公立小学校が本堂を借りて開校したので区登録史跡となっています。小岩生まれで近代相撲の開祖といわれる第44代横綱栃錦の菩提寺でもあります。

萬福寺
萬福寺の概要
山号 五社山
院号 明寿院
寺号 萬福寺
住所 江戸川区東小岩2-2-4
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 萬福寺会館
備考 小岩神社の旧別当寺



萬福寺の縁起

萬福寺は、宥唯上人が開山となり、天文5年(1536)創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による萬福寺の縁起

萬福寺
同宗(新義真言宗)善養寺末。五社山と号す。本尊弥陀を安ず。(新編武蔵風土記稿より)

「江戸川区史」による萬福寺の縁起

万福寺(東小岩二丁目二番四号)
真言宗豊山派、もとは善養寺末の中本寺で長谷寺を総本山としている。天文五年(一五三六)十二月宥唯上人が開山し、五社山明寿院と号して五社神明社(現在の小岩神社)の別当であった古寺である。天保十二年の火災で旧記を焼失した。小岩神社がもと同寺内にあった頃の石の小祠が保存されている。
本尊は木造阿弥陀如来立像で、鎌倉期作の価値の高いものといわれる。寺宝として文政十二年に政寛和尚が伝法灌頂を行った時の「両界曼陀羅」を所蔵している。
墓地に寺子屋師匠法印中岳と法印政寛の供養塔があり、又小岩の立羽根家の出身で俳人江戸三角の一人と称せられた不角の墓がある。
「宝暦三癸酉年六月二十一日、満光院法眼釈定月不角居士、うつせみはもとのすがたにかへしけり」と辞世の句が刻まれている。(「江戸川区史」より)

江戸川区教育委員会資料による萬福寺の縁起

真言宗豊山派で五社山明寿院と号し、天文5年(1536)宥唯上人が開山しました。本尊は鎌倉時代に作られた木造阿弥陀如来立像で、寺宝として文政12年(1829)に政覚和尚が伝法灌頂を行ったときの両界曼荼羅を所蔵しています。明治15年(1882)に区内で2番目の公立小学校「明物小学校」(現在の小岩小学校の前身)が本堂を借りて開校したので区登録史跡となっています。
小岩生まれで近代相撲の開祖といわれる第44代横綱栃錦の菩提寺でもあります。(江戸川区教育委員会掲示より)


萬福寺所蔵の文化財

  • 法院中岳筆子塚(江戸川区登録文化財)
  • 法院政寛筆子塚(江戸川区登録文化財)
  • 立羽不角の墓(江戸川区登録文化財)

法院中岳筆子塚・法院政寛筆子塚

江戸時代、住職の中岳と政覚は寺子屋師匠として近村子弟の教育にあたりました。成長した筆子(弟子)が師匠の供養のために建てた筆子塚が山門の脇にあります。(江戸川区教育委員会)

立羽不角の墓

立羽不覚(1662-1753)は江戸貞門派の俳諧師で小岩の出身といわれます。(江戸川区教育委員会)

萬福寺の周辺図