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常報山西光寺|江戸川区江戸川にある浄土宗寺院

常報山西光寺の概要

浄土宗寺院の西光寺は、常報山阿弥陀院と号します。西光寺は、常蓮社西誉報阿元光和尚が天文元年(1532)に開山したといいます。

常報山西光寺
常報山西光寺の概要
山号 常報山
院号 阿弥陀院
寺号 西光寺
住所 江戸川区江戸川4-24-8
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



常報山西光寺の縁起

西光寺は、常蓮社西誉報阿元光和尚が天文元年(1532)に開山したといいます。

新編武蔵風土記稿による常報山西光寺の縁起

(二之江村附持添新田)西光寺
浄土宗、上今井村浄興寺末。常報山阿弥陀院と号す。本尊阿弥陀は小名あみだと云る田の中より出現せし像と云。中興開山元誉、天文2年10月24日寂す。
熊野社(新編武蔵風土記稿より)

「江戸川区史」による常報山西光寺の縁起

西光寺(江戸川四丁目二八番地八号)
浄土宗で常報山弥陀院と号して浄興寺の末であった。天文元年(一五三二)常蓮社西誉報阿元光老和尚の開山。往時この地が海岸の茅地であった頃、開拓の時漂着していた仏像を掘り出して祭ったのが寺の始まりであるという。寺院の北側一帯を「阿弥陀耕地」と称していた。本尊は木造阿弥陀如来座像で二十三世の時に修復した。また両菩薩は延享四年九月第十三世珍誉上人の代に当所の須賀藤左衛門が寄進したという。門前の道端に地蔵尊の石仏がある。昔は古川を通過する舟人が塩を投げて必ず礼拝したといわれるが、永い風雪に形が崩れている。(「江戸川区史」より)

境内石碑による常報山西光寺の縁起

浄土宗 常報山 阿弥陀院 西光寺と号し、人皇105代 後奈良天皇天文元年1月(西暦1532年)約460年前常蓮社西誉報阿元光上人の草創(開山)による。往時此の地一帯が海岸の芽地であった頃、開拓の時漂着していた佛縁を掘り起こし、漁人が草庵を結び、此の佛縁を安置す。此れ当寺の起源にして、昭和の代地名改稱迄、尊像漂着にちなみ、武蔵国南葛飾群瑞穂村字阿弥陀新地と称し、墓地北側に西光寺橋があった。
ご本尊は、木造阿弥陀如来坐像で、文久3年、第23世心蓮社念誉観明上人の代に修復、両菩薩は延享4年9月、第13世珍誉上人の代に、当所の須賀藤左衛門氏の寄進による一説には行基の作との説もある。外に高祖善導大師、元祖円光大師(法然上人)の像を安置す。六道輪廻絵図12幅は当山の寺宝で地獄道餓鬼道・畜生道・修羅道・人間界・天上界を著す。毎年1月16日と7月16日、昔の藪入りの日にご開帳する。
門前の道端に地蔵尊の石佛がある。昔古川を通過する漁師や舟人が塩を投げて必ず礼拝したと伝えられ、塩舐地蔵・子育地蔵・水子地蔵と称され、永い風雪に形がくずれている。本堂は安政3年8月暴風により倒壊、明治28年第26世悟円上人の代に再建、昭和52年3月第31世忍誉昭孝の代に本堂屋根瓦の新規葺替。
平成元年春彼岸中日に、当山檀信徒及び有縁の方々百五十余名の心温る浄財により、地蔵堂客殿60坪の落成なり佛教布教伝道の根本道場とする。(常報山西光寺31世忍誉昭孝敬白)


常報山西光寺の周辺図