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出世稲荷神社|中央区日本橋堀留町の神社

出世稲荷神社の概要

出世稲荷神社は、当地周辺が拓けてきた頃に住み着いた北条家浪人庄司甚右衛他数名の仮屋敷内に元和3年(1617)創建したと伝えられ、江戸時代初代市川団十郎が日参し名をあげたことから出世稲荷神社と称されるようになったといいます。現在の本殿は、関東大震災後に椙森神社の旧拝殿の廃材を再利用して建立したといい、岩代稲荷神社も合祀されているようです。

出世稲荷神社
出世稲荷神社の概要
社号 出世稲荷神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 -
住所 中央区日本橋堀留町1-6-11
備考 -



出世稲荷神社の由緒

出世稲荷神社は、当地周辺が拓けてきた頃に住み着いた北条家浪人庄司甚右衛他数名の仮屋敷内に元和3年(1617)創建したと伝えられ、江戸時代初代市川団十郎が日参し名をあげたことから出世稲荷神社と称されるようになったといいます。現在の本殿は、関東大震災後に椙森神社の旧拝殿の廃材を再利用して建立したといいます。

境内掲示による出世稲荷神社の由緒

出世稲荷の由来
江戸時代は当稲荷敷地は新材木町16、17、18番地稲荷です。昔の昔徳川家康入城天正8年(1590)頃此の附近は芝原宿という村落でした。杉の森林の多い所です。江戸城拡張以来江戸町割当地慶長9年(1604)頃材木置場が多い所から新材木町と町名ができた由、元和3年(1617)親爺と呼ばれた北条家浪人庄司甚右衛他数名の仮屋敷内に有り京都伏見稲荷より祭神を戴き守護神として祭りし後、当地世話人一同が現在迄守護致して居ります。
当社は明暦3年(1657)江戸大火振袖火事、安政(1854)大地震、明治6年(1873)大火、関東大震災大正12年(1923)、近くは昭和の太平洋戦争まで本尊災禍を免れました。
関東大震災の時、社殿焼失致し、現在堀留町1丁目10番地椙森神社の拝殿取毀し材料(杉の木)削り直し昭和6年(1874)に落成し現在まで数多くお信仰者があります。
江戸時代初代市川団十郎が日参し名をあげた由尚当地より出世致した聖天、芸能関係各個人等数多く出て祈ります。
初午毎年三月岩代稲荷と合同で堀留町1丁目町会応援にて執行致します。
応長見聞集寛永図経、先祖の言い伝えとの事。
昭和56年5月吉日(1981)出世稲荷世話人一同(境内掲示より)


出世稲荷神社の周辺図


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