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慶林寺|松戸市殿平賀にある曹洞宗寺院

慶林寺の概要

曹洞宗の慶林寺は、熊耳山と号します。慶林寺は、小金大谷口城主高城胤吉の妻で十三代千葉介昌胤の妹にあたる月菴珪林尼が、高城胤吉の菩提を弔うために出家して庵室を創建、その翌月に月菴珪林尼が亡くなったため、その子従五位下野守小金城主胤永が永禄8年(1565)に一寺として創建したといいます。

慶林寺
慶林寺の概要
山号 熊耳山
院号 -
寺号 慶林寺
住所 松戸市殿平賀209-2
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



慶林寺の縁起

慶林寺は、小金大谷口城主高城胤吉の妻で十三代千葉介昌胤の妹にあたる月菴珪林尼が、高城胤吉の菩提を弔うために出家して庵室を創建、その翌月に月菴珪林尼が亡くなったため、その子従五位下野守小金城主胤永が永禄8年(1565)に一寺として創建したといいます。

「下総国旧事考」による慶林寺の縁起

桂林寺
今作慶林豫墓碑当作桂林。在殿平賀村。高城下野守胤辰創建。即胤辰配桂林尼退隠之地。僧大洲所開也。域中有胤辰配桂林尼墓、月菴桂林大姉、載于墳墓志稿。所蔵軍扇一枚。
下野守所持、古文書敷葉。載于古文書志稿。隷国府台総寧寺、寺領十石。(「下総国旧事考」より)


慶林寺所蔵の文化財

  • 珪琳尼の墓所

珪琳尼の墓所

月菴珪林尼は、小金大谷口城を築いた高城胤吉の妻で十三代千葉介昌胤の妹にあたり胤吉の死後(永禄八年1565年2月12日)剃髪して月菴珪林尼と称し、鹿島神霊の辺に庵を結んだ。そして胤吉の没した翌月の三月十二日に永眠した。その子従五位下野守小金城主胤辰は、珪林尼追幅のために同所に慶(桂)林寺を建立した。
なお、現在ある月菴珪林尼の墓石は享保十五年(1720年)に子孫といわれる高城清右衛門が建てたもので、その銘に「胤辰の妻」とあるは誤りである。(松戸市教育委員会掲示より)


慶林寺の周辺図


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