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飯香岡八幡宮|市原市八幡の神社

飯香岡八幡宮の概要

飯香岡八幡宮は、市原市八幡にある神社です。飯香岡八幡宮は、白鳳4年(664)一国惣社八幡太神宮と号して創建、以来武家の崇敬が篤く、天正19年には徳川家康より社領150石の黒印を拝領したといいます。明治6年郷社に、明治26年には県社に列格していました。

飯香岡八幡宮
飯香岡八幡宮の概要
社号 飯香岡八幡宮
祭神 誉田別尊(中殿)息長帯姫尊(左殿)玉依姫命(右殿)猿田彦命(前殿)
相殿 日本武尊・足仲彦尊・経津主命(以上左相殿)天穂日命・中筒男命・事代主命(以上右相殿)
末社 -
例祭日 -
住所 市原市八幡1057-1
備考 旧県社、延喜式神名帳小社



飯香岡八幡宮の由緒

飯香岡八幡宮は、白鳳4年(664)一国惣社八幡太神宮と号して創建、以来武家の崇敬が篤く、天正19年には徳川家康より社領150石の黒印を拝領したといいます。明治6年郷社に、明治26年には県社に列格していました。

「稿本千葉県誌」による飯香岡八幡宮の由緒

縣社・八幡神社
同郡(市原郡)八幡町大字八幡宿字片町に在り、境内三千六百五十五坪、祭神は誉田別尊(中殿)息長帯姫尊(左殿)玉依姫命(右殿)猿田彦命(前殿)日本武尊・足仲彦尊・経津主命(以上左相殿)天穂日命・中筒男命・事代主命(以上右相殿)なり。社傳に云ふ、天武天皇三年三月十五日飯香岡の地を選びて社殿を創建し誉田別尊以下の三神を祀り、一国惣社八幡太神宮と号し後猿田彦命以下七神を合祀す。天平勝寶元年・元慶三年二たび神殿を造営す、爾来源頼光・頼義・義家・頼朝・千葉常胤・惟康親王・足利義満・義持・義政・義明・千葉親胤等相尋いで崇敬し、神殿を造営修理し神田を寄せ或は武具を納む、天正十九年十一月徳川家康黒印を以て社領百五十石を寄附すと。明治六年三月郷社に列せられ、同二十六年四月更に縣社に列せらる。古来舊八幡宿及び五所・金杉・市原二村の鎮守たり、祭日は三月十五日・八月十五日、小祭十余回あり。社殿壮麗にして内海に面し眺望も亦佳なり、本州中著名の大社にして種々の神寶及び古文書を蔵す。又社傍に一老銀杏樹あり、周圍三丈許、高さ約七丈、一根にして二幹に分かれ左幹獨り乳房状の気根を垂下す、里人陰陽合抱樹と称して之を奇とす、白鳳四年に植ゑたりと傳ふ。境内末社九座あり。明治三十九年十二月幣饌料供進指定。(「稿本千葉県誌」より)


飯香岡八幡宮所蔵の文化財

  • 飯香岡八幡宮本殿(千葉県重要文化財一棟)
  • 飯香岡八幡宮拝殿(千葉県指定有形文化財)
  • 漆塗金銅装神輿(千葉県指定有形文化財)
  • 市原の柳楯神事(千葉県指定無形文化財)
  • 飯香岡八幡宮の夫婦銀杏(千葉県指定天然記念物)

飯香岡八幡宮本殿・飯香岡八幡宮拝殿

社伝によれば白鳳四年に創立されたといわれ、上総国分寺附近に鎮守され国守の崇敬もあつかったといわれています。
誉田別命を祀り、関東における八幡信仰の聖地として、千葉氏をはじめ一般庶民の畏敬を集めて今日に至っています。
本殿は正面三間、側面二間の身舎に入母屋造りの屋根がのり、その正面三間に梁間一間通りの向拝が付き、周辺に廻縁がめぐらされています。様式的には和様を主体にする神社建築です。
拝殿は正面五間、側面三間、屋根は本殿と同じく入母屋造りで、正面中央に千鳥破風をつけ、三花懸魚をさげ、向拝中央は軒唐破風となっています。妻破風には三花かぶら懸魚を付けています。
造立年代は棟札や各部の様式手法から元禄四年(1697)頃であることが確認されています。
このような神社建築を権現造りといいます。(千葉県教育委員会掲示より)


飯香岡八幡宮の周辺図


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