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宝成寺|船橋市西船にある曹洞宗寺院

宝成寺の概要

船橋市西船にある曹洞宗寺院の宝成寺は、茂春山と号します。宝成寺は、僧智泉を開山として葛西茂春六郎が創建、領主成瀬之成が中興開基となり僧大譽(承応元年1652年寂)が中興開山、慶安元年(1648)年には徳川家光より寺領30石の御朱印状を拝領したといいます。

宝成寺
宝成寺の概要
山号 茂春山
院号 -
寺号 宝成寺
本尊 釈迦牟尼佛像
住所 船橋市西船6-2-30
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



宝成寺の縁起

宝成寺は、僧智泉を開山として葛西茂春六郎が創建、領主成瀬之成が中興開基となり僧大譽(承応元年1652年寂)が中興開山、慶安元年(1648)年には徳川家光より寺領30石の御朱印状を拝領したといいます。

「稿本千葉県誌」による宝成寺の縁起

茂春山寳成寺
同郡同上(東葛飾郡)葛飾村大字本郷葛飾前に在り、境内千九百五拾坪、曹洞宗なり、寺傳に云、葛西茂春六郎之を創建し、僧智泉を開山とす、後領主成瀬之成これを中興し、僧大譽を以て中興開山となす、慶安元年徳川氏寺領三十石を付す、大譽は承應元年九月十日寂すと。境内に成瀬氏の墓あり。(「稿本千葉県誌」より)


宝成寺所蔵の文化財

  • 成瀬氏の墓附墓誌(船橋市指定文化財)

成瀬氏の墓附墓誌

成瀬正成は幼少より徳川家康に仕え、家康の子の義直が尾張徳川家を創設した際、お付家老として後見した。正成は当所、栗原郷に四千石を与えられ、やがて三万石余の犬山城主となった。正成の跡は、長男正虎が犬山城主を継ぎ次男之成が栗原藩を継いだが、栗原藩は之成の子之虎が早逝して廃絶し、幕府直轄地となった。当寺は江戸時代の初めに成瀬氏の江戸における菩提所の一つとなった。
墓所に入り南側の大きな墓は第七代犬山城主正寿のもので、県内最大級の大きさである。西側にある駒型の墓は之成のもので堀杏庵の筆になるという字を刻している。ほかに之成の殉死者三名の墓もある。
昭和四十四年に正寿の遺骨を犬山市の白林寺に移すため墓石の下を発掘したときに、その墓誌が発見された。また、その後、墓所の整理・縮小を行った際、正寿の甥の成瀬鍋吉の墓誌も発見されている。(境内掲示より)

宝成寺の周辺図


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