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葛飾神社|船橋市西船の神社

葛飾神社の概要

葛飾神社は、船橋市西船にある神社です。葛飾神社の創建年代等は不詳ですが、葛羅の井戸の西側に鎮座し元惣社明神とも一郡総社葛飾大明神とも称していたといいます。大正5年当地にあった熊野権現社に合祀され、葛飾神社と改称したといいます。

葛飾神社
葛飾神社の概要
社号 葛飾神社
祭神 瓊々杵尊、彦火々出見尊、熊野大神
相殿 -
境内社 -
住所 千葉県船橋市西船5-3-8
祭日 10月14日
備考 旧村社



葛飾神社の由緒

葛飾神社の創建年代等は不詳ですが、葛羅の井戸の西側に鎮座し元惣社明神とも一郡総社葛飾大明神とも称していたといいます。大正5年当地にあった熊野権現社に合祀され、葛飾神社と改称したといいます。

「稿本千葉県誌」による葛飾神社の由緒

(名社)葛飾神社,船橋市西船5-3-8,同郡(東葛飾郡)葛飾村大字本郷字葛飾に在り、境内二百十六坪、例神は瓊瓊杵尊にして創建詳ならず、元惣社明神と称せり、蓋し古国守の祀りしものならんと云ふ。明治初年本称に改む、社前に石華表あり、扁額に一国惣社葛飾宮と刻す。社の右傍に古井あり、方石を以て之を圍み、碑を建て葛羅之井と刻す、里傳に蒼疾を患ふるもの此の井水を飲めば必ず冶すと云ふ。(「稿本千葉県誌」より)

境内掲示による葛飾神社の由緒

風光明媚景勝の地、勝間田の池(現勝間田公園)のほとり丘の上の、熊野権現社の此の地に、大正五年一月十三日、一郡総社葛飾大明神を千葉県東葛飾郡葛飾村本郷一四一番地(現船橋市文化財西船六丁目葛羅の井戸)(昔、葛飾大明神御手洗の井戸)の西側台地より此の地に奉遷奉斉し、熊野権現社へ合祀し村社葛飾神社と改称し、現在に至る。
里人悉く慕い敬い奉る。(境内掲示より)


葛飾神社所蔵の文化財

  • 葛飾神社のクロマツ(船橋市指定文化財)

葛飾神社のクロマツ

正面の神社本殿を囲む玉垣の中に聳え立つこのクロマツは、幹が二股に分かれて社殿を覆うように枝が笠状に伸長しており、南側から眺める姿は、社殿と一体化しているような美しい景色を成しています。クロマツの樹高は13m、幹回り3.42m、葉張り16.5mで、市内では最も太いクロマツです(平成23年3月計測値)。クロマツはマツ科マツ属の常緑針葉高木で、本州、四国、九州に分布し、オマツとも呼ばれています。
葛飾神社は元の勝間田の池(現在の勝間田公園)の西高台にあります。この池は、万葉集などに詠まれた大和国西の京、唐招提寺と薬師寺の近くにあったという勝間田の池になぞえられ、その名は寛延2(1749)年刊行の「葛飾記」などに登場して、下総の歌名所の一つとして数えられるようになっていました。
勝間田の池は天保7(1836)年刊行の「江戸名所図会」(長谷川雪旦画)の挿絵に描かれており、池の脇には熊野宮(現在の葛飾神社地)が描かれ、そこに松林を見ることができます。葛飾神社はかつて葛羅の井の西の地にありましたが、大正3(1914)年に熊野神社へ合祀されることになり、同5(1916)年にこの地へ移され、村社葛飾神社と改称し現在に至っています。
このようなことからも、葛飾神社のクロマツは江戸時代から今日に至るまで、人々に親しまれてきたことがうかがわれます。(船橋市教育委員会掲示より)


葛飾神社の周辺図


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