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寒川神社|千葉市中央区寒川町の神社

寒川神社の概要

寒川神社は、千葉市にある神社です。寒川神社の創建年代は不詳ですが、延喜式内社所載の「寒川社」に比定される古社です。江戸時代には神明社と称し、徳川家康から社領10石の御朱印状を拝領、明治元年社号を寒川神社に改称、村社に列格していたといいます。

寒川神社
寒川神社の概要
社号 寒川神社
祭神 天照大神
相殿 寒川比古命、寒川比賈命
末社 5社
例祭日 -
住所 千葉市中央区寒川町1-123
備考 旧村社



寒川神社の由緒

寒川神社の創建年代は不詳ですが、延喜式内社所載の「寒川社」に比定される古社です。江戸時代には神明社と称し、徳川家康から社領10石の御朱印状を拝領、明治元年社号を寒川神社に改称、村社に列格していたといいます。

「稿本千葉県誌」による寒川神社の由緒

寒川神社
同町(千葉郡千葉町)大字寒川字仲宿に在り。境内二百五十二坪、天照皇太神、寒川比古命、寒川比賈命を合祀す、元神明社と称し、近郷舊二十一ヵ村の氏神たり。或は云ふ、延喜式載する所の寒川神社これなりと。天正十九年十一月徳川家康社領十石を寄附す。明治元年社号を改む。境内末社五座あり、社殿壮麗ならずと雖も、古雅なりしが明治四十一年二月焼失、大正元年八月假殿を建築す。明治三十九年十二月幣饌料供進指定。(「稿本千葉県誌」より)

千葉市教育委員会掲示による寒川神社の由緒

一説には延喜式内社の寒川神社と言われ、寒川地区の総鎮守で、古く神明神社または伊勢明神と呼ばれていました。天照大神を主神に寒川比古命、寒川比賈命を脇神にまつり、天正19年(1591)徳川家康も社領十石を寄進していて、明治元年(1868)に社号を寒川神社に改めました。
昔は、海上往来の船が同社沖にさしかかると札帆といい帆を半ば下げて航行し、また社前を馬上で通行する者は下馬して敬意を表したと伝えられる。昭和39年の出津海岸の埋立てまでは、8月20日の祭礼に海岸の大鳥居から神輿が勇壮に海に入る海上渡御の古式(お浜下り)が行われていました。
当社はたびたび火災にあい多くの宝物を失いましたが、神鏡・神幣。獅子頭は焼失を免れ現在に伝えられています。特に獅子頭は、桐材漆塗で刻法は力強く、全体に古雅であり、御神体として祀られています。また頭の内側に文明13年(1481)の修理朱墨銘があるが、様式が法隆寺伝わるものと類似している所があり、製作年代を鎌倉時代とする説があります。(千葉市教育委員会掲示より)


寒川神社の周辺図


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