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生實神社|千葉市中央区生実町の神社

生實神社の概要

生實神社は、千葉市にある神社です。生實神社の創建年代等は不詳ですが、生実城主原式部大夫胤栄の崇敬厚く、江戸時代の領主森川氏からの崇敬も厚かったといいます。

生實神社
生實神社の概要
社号 生實神社
祭神 崇道天皇、伊豫親王、藤原吉子、藤原廣嗣、吉備眞備、他3社
相殿 -
末社 -
例祭日 10月17日
住所 千葉市中央区生実町1551
備考 旧村社



生實神社の由緒

生實神社の創建年代等は不詳ですが、生実城主原式部大夫胤栄の崇敬厚く、江戸時代の領主森川氏からの崇敬も厚かったといいます。

「千葉県神社名鑑」による生實神社の由緒

創建年代などはっきりしないが、古記によると、往昔、生実城主原式部大夫胤栄の崇敬厚くその鎮守社とされ、また寛永2年森川氏が本村に陣屋を設けたとき深く信仰したという。明治4年以来専ら北生実地区の産土神として崇敬の中心となり、今日に及んでいる。 (「千葉県神社名鑑」より)


生實神社所蔵の文化財

  • 生実城(北小弓城)跡と生実藩陣屋跡

生実城(北小弓城)跡と生実藩陣屋跡

ここ生実の地は、千葉氏が安房の里見氏や上総の武田氏に対峙する重要な拠点であったため、古くから幾多の争奪戦が繰り広げられました。生実城(北小弓城)は、天文8年(1539)千葉氏の重臣・原胤清が、ここ生実神社一帯に築城したとされています。天正18年(1590)原胤清が、徳川家家臣・酒井家次との”野田十門字野の戦い”で戦死するまでの52年間存続しました。その後、一時幕府の直轄領となりましたが、寛永4年(1627)森川出羽守重俊が生実藩一万石の藩主となり、明治初期まで生実城の一郭に陣屋を構えていました。
生実城墟の南側を通過する都市計画道路の整備に伴う発掘調査により、戦国時代から近世に至る多量の遺構・遺物が検出され、いままで文献のみでしか知ることができなかった生実城の素顔が明らかになってきました。これまでに戦国時代から近世まで使われた堀跡、4体の人骨を埋葬した地下式礦(墓)・井戸跡・建物跡などの遺構と、「享禄4年」(1531年)銘のある庚申待板碑や多数の陶磁器などの遺物が検出されています。(千葉市教育委員会掲示より)

生實神社の周辺図


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