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諏訪神社(浜野町)|千葉市中央区浜野町の神社

諏訪神社(浜野町)の概要

諏訪神社(浜野町)は、千葉市中央区浜野町にある神社です。諏訪神社(浜野町)は、市原市養老の領主村上周防守義清が大永元年(1521)に信濃国の諏訪神社を勧請するため、家臣を信濃国へ派遣した復路で当地に止宿、当地村民の合意により諏訪神社を勧請創建したといいます。

諏訪神社
諏訪神社の概要
社号 諏訪神社
祭神 建御名方命
相殿 -
境内社 稲荷神社
住所 千葉市中央区浜野町445
祭日 -
備考 -



諏訪神社(浜野町)の由緒

諏訪神社(浜野町)は、市原市養老の領主村上周防守義清が大永元年(1521)に信濃国の諏訪神社を勧請するため、家臣を信濃国へ派遣した復路で当地に止宿、当地村民の合意により諏訪神社を勧請創建したといいます。

「千葉県神社名鑑」による諏訪神社(浜野町)の由緒

諏訪神社
天文年中の創建。相伝によると、信濃国更級郡坂本城主村上国防守義清が市原郡養老の荘に赴く途中当地に止宿、そのさい、本国の諏訪神社を分霊し、鎮守とすることを村民にはかり、現在地に社殿を創建奉斎した。(「千葉県神社名鑑」より)

「千葉縣千葉郡誌」による諏訪神社(浜野町)の由緒

諏訪神社
生實濱野村濱野區字大坪に鎮座す。建御名方命八坂賣命を合祀す。勧請年月日詳ならずと雖、古老傳へらく、本社は天文年中信濃國更科郡坂本城主村上周防守義清市原郡養老の荘に赴かんとして途中當地に止宿の際其の本國の諏訪神社を分霊し移して鎮守となさんことを村民にはかり、現今の地に社殿を創建奉斎し、爾来本區の鎮守となすと。
本殿間口一間奥行五尺、拝殿間口四間奥行二間二尺あり。明治十六年八月卅日落雷のため本殿拝殿ともに消失せしを以て更に同地に再建せり。境内三百四十九坪田六歩宅地十三坪の社有地あり。氏子二百三十戸なり。(「千葉縣千葉郡誌」より)

千葉市教育委員会掲示による諏訪神社(浜野町)の由緒

諏訪神社の由来は、社伝によると室町時代後期の大永元年(1521)に上総国市原郡養老荘の領主村上周防守義清が、信濃国の上・下諏訪神社を領内に勧請しようと重臣、神官を遣わし、神璽・神鏡などを奉じての帰途浜村(今の浜野町)に宿泊したとき、村人がこれを奇縁としてこの神を勧請し、祀ったのに始まるという。祭神は建御名方命で武神、風雷の神とされる。
創建当初の社殿は不明であるが、江戸時代の中期元禄13年(1700)奉納の石鳥居があり、延享4年(1747)社殿新造遷宮、寛政2年(1790)本殿社殿修造、天保11年(1840)本殿拝殿修造など何度も行われたことが記銘から知られる。かつては境内は松が鬱蒼と茂っていたというが、明治16年(1883)8月の落雷で社殿とともに焼失した。現在の社殿はその後数次に渡り再建されたものである。
宝暦5年(1755)の「浜野村澪絵図」には諏訪大明神として描かれており、当時の様子がうかがい知られます。(千葉市教育委員会掲示より)


諏訪神社(浜野町)の周辺図