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久寺家鷲神社|我孫子市久寺家の神社

久寺家鷲神社の概要

久寺家鷲神社は、我孫子市久寺家にある神社です。久寺家鷲神社は、平将門の家臣久寺家豊後大炊左馬助が勧請したと伝えられ、明神社と称していたといいます。大正3年に、下居村附の香取社・上居村附の八坂社・神立台の雷社を合紀、山神・水神・久寺家祖神・石尊大権現・大杉大明神・天満天神・今宮社を遷座したといいます。

久寺家鷲神社
久寺家鷲神社の概要
社号 鷲神社
祭神 日本武尊
相殿 -
境内社 -
住所 千葉県我孫子市久寺家362
祭日 -
備考 -



久寺家鷲神社の由緒

久寺家鷲神社は、平将門の家臣久寺家豊後大炊左馬助が勧請したと伝えられ、明神社と称していたといいます。大正3年に、下居村附の香取社・上居村附の八坂社・神立台の雷社を合紀、山神・水神・久寺家祖神・石尊大権現・大杉大明神・天満天神・今宮社を遷座したといいます。

「我孫子市史」による久寺家鷲神社の由緒

鷲神社
平将門の家臣久寺家豊後大炊左馬助が勧請したと伝えられ、古くは明神社と称した。
旧社殿は元文二年(1737)の建立、現社殿は万延二年(1861)の再建で、明治の「神社明細帳」には「社殿 間口三間 奥行弐間三尺」とみえる。なお、同帳には「無格社、鷲神社」とあって、当時すでに社名が改称されており、のちに無格社を村社と訂正している。
大正三年に、下居村附の香取社、上居村附の八坂社、神立台の雷社を合紀し、山神、水神、久寺家祖神、石尊大権現、大杉大明神、天満天神、今宮社なども境内に集められ、二十三夜さまの石仏一基も移されてきた。
社地は、台地の突端に位置し、南と北は谷津田であったが、今は住宅地となっている。
鳥居は、石造明神鳥居である。
社殿は、拝殿と相の間及び奥の本殿からなる。拝殻は、昭和五十一三年に改築された。入母屋造、向拝付、瓦葺、正面六三七cm、側面五四三cmで、平面の大きさは明治の「神社明細帳」に記された寸法とほぼ同じである。内部は畳敷で、片側に押入と板敷の部分がある。
拝殿から廊下式の相の聞を通ると、本殿がある。
本殿は、方一間、流造、板葺で、身舎の正側面に高欄付の縁をめぐらし、脇障子がある。各部に高肉の彫刻がほどこされているが、身舎側面に波濤と松と鷲をあらわしているのは社名に因んだものと思われる。なお本殿は四注屋根瓦葺の覆屋で保護されていて、保全良好である。
境内の天満天神の祠は、切妻造、向拝付、鉄板葺で、扉の奥に神鏡がある。八坂社の祠は、切妻造、向拝付、瓦葺で、格子扉の奥の段に、露盤宝珠を頂く宝形造の簡素な木造の社が納めてある。
なお、当社には大杉祭礼用の獅子頭及び船神輿が保管されている。(「我孫子市史」より)


久寺家鷲神社の周辺図


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参考資料
  • 我孫子市史