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布佐愛宕八坂神社|我孫子市布佐の神社

布佐愛宕八坂神社の概要

布佐愛宕八坂神社は、我孫子市布佐にある神社です。布佐愛宕八坂神社は、利根町にある蛟蝄神社と由縁があるといい、大宝3年(703)の創建と伝えられます。東方にあった牛頭天王社(八坂神社)を合祀したといいます。

布佐愛宕八坂神社
布佐愛宕八坂神社の概要
社号 愛宕八坂神社
祭神 天之迦倶土命(愛宕神社)素盞嗚尊(八度神社)
相殿 -
境内社 -
住所 千葉県我孫子市布佐2291
祭日 -
備考 -



布佐愛宕八坂神社の由緒

布佐愛宕八坂神社は、利根町にある蛟蝄神社と由縁があるといい、大宝3年(703)の創建と伝えられます。東方にあった牛頭天王社(八坂神社)を合祀したといいます。

「我孫子市史」による布佐愛宕八坂神社の由緒

愛宕神社は、火防の神といわれ、竹内神社の元宮である。茨城県利根町文間郷の蛟蝄神社は旧相馬郡における唯一の延喜式内社で、文武天皇二年(六大)創建の古社であるが、愛宕社は同社と由縁があるといい、大宝三年(七〇三)創建と伝えられている。
愛宕神社の根本社は京都嵯峨の愛宕大権現で、そこでは早くから修験者が関与し、神仏習合の信仰が行われていた。勝軍地蔵を本地仏として武家の崇敬を集めたのもそのあらわれである。布佐の愛宕神社の御神像が馬上神のお姿といわれているのも、それと同じく勝軍地蔵であろう。
当社は利根川岸に近い鹿黒畑にまつられ、湯立の神事が行われていた。湯立の神事は修験と関係があるので、当社が修験と結びついていたことが分り、竹内神社の移遷に当って祈祷し神託を受けたというのも、修験行者の存在を物語っている。また、当社の境内に「別当地蔵院」、「別当大乗院」とある石祠をみるのも、山伏修験が関与していたものである。宝暦十三年(一七六三)の布佐村の村鑑には、「一愛宕山別当、東山方山伏真言宗大乗院、御除地屋敷壱畝十五歩、是ハ寛永七午年(一六三〇)、本田御検地之節御除被下候」とあって、修験の存在は江戸時代の初期にさかのぼる。以来、江戸時代を通じて活動したが、明治維新の神仏分離によって衰退した。
八坂神社は、愛宕神社の東方にあった牛頭天王社で、四月に祈躊はやしが行われていたという。それが、利根川の改修と街道筋の変更にともなって、愛宕神社に併合され、今に至っている。
鳥居は、昭和二年に造立された石造明神鳥居である。
明治の「神社明細帳」には、「布佐村村社、社殿間数間口五間五尺奥行三間五寸」と記されている。それが昭和二年十二月に改築された。そして、同四十七年に拝殿を修築、さらに昭和五十六年に現在の本殿が再建された。(「我孫子市史」より)


布佐愛宕八坂神社の周辺図


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参考資料
  • 我孫子市史