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江岸寺|文京区本駒込にある曹洞宗の寺院、鳥居忠政開基

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江岸寺の概要

曹洞宗の江岸寺は、見海山と号します。駒込高林寺二世白洲哉和尚(寛永11年1634年寂)が開山、鳥居忠政が開基となり、創建したといいます。

江岸寺
江岸寺の概要
山号 見海山
院号 -
寺号 江岸寺
住所 文京区本駒込2-26-15
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



江岸寺の縁起

江岸寺は、駒込高林寺二世白洲哉和尚(寛永11年1634年寂)が開山、鳥居忠政が開基となり、創建したといいます。

文京区教育委員会による江岸寺の縁起

曹洞宗江岸寺の開基は鳥居忠政である。以後当寺は鳥居家の江戸の菩提寺となった。忠政の父元忠は、今川義元の人質となっていた家康に仕えた。人質解放後は、一方ヶ原の戦、長篠の合戦等で、家康に付き従い、輝かしい武功を立てた。天正18年(1590)家康関東入国の際は、下総矢作(現千葉県佐原市)4万石を拝領した。慶長5年(1600)関が原の戦では家康から伏見城の留守番を命じられた。西軍に伏見城の明渡しを命じられた時、拒否し石田光成等の総攻撃を受けた。これが関が原の戦の導火線となった。城を出て戦うこと五たび、力尽き、城も落ちた。
その子忠政は大阪の陣では、江戸城の留守居役を勤め、その後、東北の押さえの地、山形22万石を与えられた。忠政は三河譜代の範たる祖先を祀るため、この寺院を建立した。現在忠政の供養塔が残っている。鳥居家はその後、六代忠英の時、下野国壬生4万石に移封された。
鳥居氏の子孫、鳥居忱は壬生藩の江戸の大名屋敷に生まれた。壬生藩の貢進生(藩の奨学生)として大学南校(東大の前身)に学んだ。卒業後、音楽取調掛(東京音楽学校の前身)伝習生として、アメリカ人の教師メーソンに洋楽を学んだ。
東京音楽学校教授を勤めるかたわら、多くの作詞を手掛けた。中でも「箱根八里」は滝廉太郎の作曲で、多くの人々に愛唱されている。鳥居忱はここに眠っている。(文京区教育委員会)

江岸寺の周辺図

  • 都営地下鉄三田線千石駅から徒歩9分

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