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是照院|文京区白山にある臨済宗妙心寺派寺院

是照院の概要

臨済宗妙心寺派寺院の是照院は、天長山と号します。是照院は、平林寺8世石院祖蘊和尚(貞享4年1687年寂)が開山となり正保元年(1645年)に創建、酒井四郎左衛門安藝守友完が開基、第6世江天義北和尚が高崎城主松平輝貞(大河内家)の後援を受けて中興したといいます。

是照院
是照院の概要
山号 天長山
院号 是照院
寺号 -
住所 文京区白山2-20-1
宗派 臨済宗妙心寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



是照院の縁起

是照院は、平林寺8世石院祖蘊和尚(貞享4年1687年寂)が開山となり正保元年(1645年)に創建、酒井四郎左衛門安藝守友完が開基、第6世江天義北和尚が高崎城主松平輝貞(大河内家)の後援を受けて中興したといいます。

「小石川区史」による是照院の縁起

是照院
天長山是照院。臨済宗妙心寺派、埼玉縣大和田町平林寺末。本尊釋迦牟尼佛。當寺の開創は正保元年で開山は平林寺第八世の石院祖蘊和尚(貞享四年正月八日寂)、開基は和尚の俗父に當る酒井四郎左衛門安藝守友完である(寺傳では慶長年間開創といふが、開山の歿年より考へると、『文政書上』の正保創立説が正しからう)。享保年中再三、祝融の災に罹つたが、第六世江天義北和尚が高崎城主松平輝貞(大河内家)の後援により、輪奐の美を回復し、文政年間には境内古跡年貢地千七百餘坪を有した。現本堂は明治三十七年の改築である。(「小石川区史」より)

東京名所図会による是照院の縁起

是照院
戸崎町三十八番地にあり。天長山と號す。禅宗臨済。京都妙心寺末。寛文二年起立。開山は岩院大和尚なり。寺門西に面し。本堂は其左。崖の上(太郎兵衛山つづき)にありて南向なり。本尊釈迦如来とす。又観音堂あり。観世音菩薩縁起。天長山是照院中慈徳庵は。是照院六世中興江天和尚の代。寶暦三年癸酉是心僧建立也。此庵の本尊観世音は佛工定朝の作也。(東京名所図会より)


是照院の周辺図



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