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念速寺|文京区白山にある真宗大谷派寺院

念速寺の概要

真宗大谷派寺院の念速寺は、瑞雲山と号します。念速寺は、賢秀法師が寛永元年(1624)小石川に創建準備、その子釋賢秀が建立したといいます。小石川餌差町への移転を経て、延宝元年当地へ移転したといいます。

念速寺
念速寺の概要
山号 瑞雲山
院号 -
寺号 念速寺
住所 文京区白山2-9-12
宗派 真宗大谷派
葬儀・墓地 -
備考 -



念速寺の縁起

念速寺は、賢秀法師が寛永元年(1624)小石川に創建準備、その子釋賢秀が建立したといいます。小石川餌差町への移転を経て、延宝元年当地へ移転したといいます。

「小石川區史」による念速寺の縁起

瑞雲山念速寺。眞宗大谷派、東本願寺末。本尊阿彌陀如来。當寺は寛永元年釋宗賢が小石川築地に一宇の建立を計畫し、その子釋賢秀が之を成就したのが草創である。それ故に賢秀を開山としてゐる。承應三年築地が御用地となり、餌差町へ移轉したが、延寶元年更に現在の地に引移つた。文政時代には境内八百六坪あつた。(「小石川區史」より)

東京名所図会による念速寺の縁起

念速寺
(戸崎町)八十五番地にあり。瑞雲山と號す。真宗大谷派末。起立の年代不詳開基は賢秀法師なり。
小石川志料(三)に云。當寺往古は小石川餌指町にありしが。年暦は傳へず。同所馬場のあたりへ移れり。夫より今の地へ移りしは。水府邸小石川御門外へ結構の時なりと寺僧のいへり。さればこの地へ引しは明暦祝融の後なるべし。(東京名所図会より)


念速寺所蔵の文化財

  • 特志解剖第一号美幾女墓(文京区指定史跡)

特志解剖第一号美幾女墓(文京区指定史跡)

美幾女(みき)は、江戸時代末期の人。駒込追分の彦四郎の娘といわれる。美幾女は、病重く死を予期して、死後の屍体解剖の勧めに応じ、明治2年(1869)8月12日、34歳で没した。死後、直ちに解剖が行われ、美幾女の志は達せられた。当時の社会通念、道徳観などから、自ら屍体を提供することの難しい時代にあって、美幾女の志は特志第一号として、わが国の医学研究の進展に大きな貢献をした。
墓石の裏面には、”わが国病屍の始めその志を嘉賞する”と、美幾女の解剖に当たった当時の医学校教官の銘が刻まれている。(墓は本堂裏側墓地、千川通り塀ぎわ)(文京区教育委員会掲示より)

念速寺の周辺図



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