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湯島天満宮|文京区湯島の神社、湯島天神、府社

湯島天満宮の概要

湯島天満宮は、文京区湯島にある神社です。湯島天満宮は、正平10年(1355)2月郷民が菅公の御偉徳を慕って創建しました。文明10年(1478)太田道灌により修造、天正19年(1591)には徳川家康から朱印地5石を与えられました。江戸時代に入ってからは富くじでも有名になり、上野感應寺(現天王寺)、目黒不動龍泉寺とともに、江戸の三富と称されていました。東都七福神の一つです。

湯島天満宮
湯島天満宮の概要
社号 湯島天満宮
祭神 菅原道真公、天之手力雄命
相殿 -
境内社 戸隠神社、笹塚稲荷神社
祭日 例大祭5月25日、梅香祭2月25日
住所 文京区湯島3-30-1
備考 旧府社


※御朱印画像はいけみずさんよりの寄贈


湯島天満宮の由緒

湯島天満宮は、正平10年(1355)2月郷民が菅公の御偉徳を慕って創建しました。文明10年(1478)太田道灌が修造、天正19年(1591)に徳川家康から朱印地5石を与えられました。江戸時代に入ってからは富くじでも有名になり、谷中感應寺(現天王寺)、目黒不動龍泉寺とともに、江戸の三富と称されていました。

境内掲示による湯島天満宮の由緒

湯島神社は湯島天満宮、湯島天神として全国津々浦々まで知られている。
雄略天皇の勅命により、御宇2年(458)1月創建と伝えられ、天之手力雄命を奉納したのがはじまりで降って正平10年(1355)2月郷民が菅公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請した。
文明10年(1478)10月太田道灌これを再建し、天正18年(1590)徳川家康公が江戸城に入るにおよび特に当社を崇敬すること篤く、翌19年11月豊島郡湯島郷の内5石の朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。
その後林道春、松永尺五、堀杏庵、僧堯恵、新井白石など学者文人の参拝たえることなく続いた。徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよびこの地を久しく文教の中心として、当天満宮を崇敬したのである。明治18年い改築された社殿も老朽化が進み、平成7年12月後世に残る総檜木造りで造営された。(湯島天満宮境内掲示より)

文京区教育委員会掲示による湯島天満宮の由緒

湯島神社は菅原道真公を祀ったもので湯島天満宮又は湯島天神の名で有名です。菅公の徳は全国に浸潤し天神様と尊ばれ全国に祀られて、学問の神様として敬われています。
伝えられるところでは文和4年(1355)湯島郷民の勧請にはじまり文明10年(1478)太田道灌が修造したといわれています。
青松が繁る神境に野梅が盛んに香り風雅に富んだ所として古くから名を知られ、その後江戸幕府の朱印地になり、林道春、新井白石等の多くの学者に文神とし崇められました。
境内の生めは一時枯れましたが、現在では地元民の篤志により、数百本の梅樹が植えられ、2月から3月に行われる梅まつりにはみごとな花と香りで参拝者、鑑賞者を楽しませています。
また梅園の中には、満天下の子女の紅涙をしぼらせた「婦系図」のゆかりの地つぃて里見弴外16名の文筆家ら旧知関係者によって昭和17年(1942)9月7日に泉鏡花の筆塚が造立されました。


湯島天満宮所蔵の文化財

湯島天満宮には、江戸で初めて建てられたという奇縁氷人石があります。時代劇で迷子の親を探す紙を一方に、迷子を預かりっていることを知らせ紙が反対側に貼って掲示をするための石です。

  • 銅製表鳥居(都指定文化財)
  • 入船図(文京区指定文化財)
  • 野見宿禰と当麻蹴速図 (文京区指定文化財)
  • 龍・虎図(付・鷹・山水図)(文京区指定文化財)
  • 天神面(文京区登録文化財)
  • 湯島天神門前総図(文京区登録文化財)
  • 奇縁氷人石(文京区登録文化財)

銅製表鳥居

寛文7年(1667)9月造営され、同11年(1671)修理した銘がある。下脚部に唐獅子頭部の装飾は鳥居としては特異なものである。(文京区教育委員会掲示より)

奇縁氷人石

嘉永3年(1850)10月江戸で初めて建てられたもので、右側面に「たづぬるかた」左側面に「をしふるかた」とある。迷子探しの石で都内でも貴重なものである。(文京区教育委員会掲示より)

湯島天満宮の周辺図



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