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経王寺|大黒天、荒川区西日暮里にある日蓮宗寺院

経王寺の概要

日蓮宗寺院の経王寺は、大黒山と号します。要詮院日慶が開山、当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が開基となり、明暦元年(1655)当地に創建しました。本堂の隣の大黒堂には日蓮上人の作と伝えられる大黒天が鎮守として祀られています。

経王寺
山号 大黒山
院号 -
寺号 経王寺
住所 荒川区西日暮里3-2-6
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 大黒天



経王寺の縁起

経王寺は、要詮院日慶が開山、当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が開基となり、明暦元年(1655)当地に創建しました。

新編武蔵風土記稿による経王寺の縁起

経王寺
法華宗身延久遠寺末。大黒山と号す。開山日慶、明暦4年2月23日寂す。開基は名主権四郎が先祖、冠権四郎と云者の由、寛文9年正月27日死す。本尊三宝。
大黒堂。日蓮作の像を安置し、三十番神を相殿とす。
稲荷社。(新編武蔵風土記稿より)

荒川区教育委員会掲示による経王寺の縁起

経王寺は日蓮宗の寺院で山号を大黒山と称す。明暦元年(1655)、当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が要詮院日慶のために寺地を寄進し、堂宇を建立したことに始まるという。本堂の隣の大黒堂には日蓮上人の作と伝えられる大黒天が鎮守として祀られており、地域の人々の崇敬を広くあつめている。
慶応4年(1868)の上野戦争のとき敗走した彰義隊士をかくまったため、新政府軍の攻撃をうけることとなり、山門には今も銃弾の痕が残っている。(荒川区教育委員会)


経王寺所蔵の文化財

  • 経王寺山門(荒川区指定文化財)
  • 木造大黒天像(荒川区登録文化財)

経王寺山門

日蓮宗大黒山経王寺は、山梨県の身延山久遠寺末寺で、明暦元年(1655)の開創です。
この山門の建立年代は不明ですが、江戸時代末期には既にあったようです。
明治初年、旧幕府の家臣による彰義隊と新政府軍との上野戦争の際に、逃走した彰義隊戦士の一部が経王寺にかくれたために同寺は新政府軍に包囲されてしまいました。この山門には新政府軍が発砲した銃弾の痕が残っており、明治維新の動乱を物語っています。
また、この門は右側に門番所が併置されていて、さらに築地塀に連なっており、木造建築の門の一つの型を示す貴重なものです。(荒川区の文化財より)


経王寺の周辺図


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