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円通寺|下谷の三寺、百観音、荒川区南千住にある曹洞宗寺院

円通寺の概要

曹洞宗寺院の円通寺は、補陀山と号し、延暦10年(791)坂上田村麻呂が開創したと伝えられます。江戸時代には、下谷広徳寺入谷鬼子母神真源寺とともに「下谷の三寺」とよばれていました。秩父・坂東・西国霊場の100体ほどの観音像を安置した堂があったので、寺は百観音と呼ばれました。また明治維新の戊辰戦争の際に傷ついた寛永寺の黒門を当寺で保存している他、彰義隊の志士を葬っています。

円通寺
円通寺の概要
山号 補陀山
院号 -
寺号 円通寺
住所 荒川区南千住1-59-11
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 円通寺多目的ホール
備考 寛永寺の黒門



円通寺の縁起

円通寺は、延暦10年(791)、坂上田村麻呂が開創したと伝えられますが、新編武蔵風土記稿には僧観月(正徳3年1714年寂)が開山となり創建したと記載されています。

新編武蔵風土記稿による円通寺の縁起

円通寺
禅宗曹洞派、坂本宗慶寺末。補弥陀山通則院と号す。本尊釈迦。開山僧観月、正徳3年に寂す。
観音堂。本尊正観音坐像、長1尺許慈覚大師の作。
大日堂。古佛堂と号す。
鐘楼。享保元年の鐘を掛。(新編武蔵風土記稿)

荒川区教育委員会掲示による円通寺の縁起

延暦10年(791)、坂上田村麻呂が開創したと伝える。また、源義家が奥州を鎮定したとき、討ちとった四十八の首を寺域内に埋めて塚を築いたので、このあたりと小塚原とよぶようになったという。
江戸時代、下谷の広徳寺、入谷の入谷鬼子母神真源寺とともに「下谷の三寺」とよばれた。秩父・坂東・西国霊場の百体の観音像を安置した観音堂があったことから「百観音」の通称で親しまれたが、観音堂は安政二年(1855)の大地震で倒壊した。
境内には、石像七重塔、彰義隊士の墓、永仁四年(1296)銘をはじめとする板碑四基(区指定文化財)などがある。(荒川区教育委員会)


円通寺所蔵の文化財

  • 板碑4基(永仁4年10月日銘他)(荒川区指定文化財)
  • 彰義隊戦士の墓(東京都旧跡指定)
  • 黒門
  • 七重の塔
  • 死節之墓(荒川区史跡)

円通寺の周辺図


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