胡録神社|荒川区南千住の神社
胡録神社の概要
胡録神社は、永禄4年(1561)上杉謙信の家臣高田嘉左衛門が川中島の合戦に敗れ、当地へ逃れて永住、面足尊、惶根尊を祀ったのが始まりです。古くは第六天と称しましたが、明治維新の神仏分離令の際胡録神社と改称しました。
| 社号 | 胡録神社 |
|---|---|
| 祭神 | 面足尊、惶根尊 |
| 相殿 | - |
| 境内社 | 道祖神 |
| 住所 | 荒川区南千住8-5-6 |
| 備考 | - |
胡録神社の由緒
胡録神社は、永禄4年(1561)上杉謙信の家臣高田嘉左衛門が川中島の合戦に敗れ、当地へ逃れて永住、面足尊、惶根尊を祀ったのが始まりです。古くは第六天と称しましたが、明治維新の神仏分離令の際胡録神社と改称しました。
昔、汐入あたりでは蠣殻を石臼にかけ、胡粉という人形の上塗り塗料を作る職業の人々が多かったことが名前の由来にもなった神社です。永禄4年(1561)、川中島の合戦の折、上杉家家臣高田嘉左衛門らがこの汐入に落ち延びたという話も残っています。
新編武蔵風土記稿による胡録神社の由緒
第六天社
小塚原町熊野別当圓蔵院持。(新編武蔵風土記稿より)
胡録神社にある荒川区登録文化財
- 胡録神社拝殿
胡録神社の周辺図
大きな地図で見る

胡録神社鳥居
胡録神社参道
胡録神社神楽殿
胡録神社末社
胡録神社道祖神