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炎天寺|足立区六月にある真言宗豊山派寺院

炎天寺の概要

真言宗豊山派寺院の炎天寺は、幡勝山成就院と号します。炎天寺は、天嘉4年(1056)奥州鎮定に赴いた源頼義・義家父子が必勝祈願の成就を感謝して、幡(旗)勝(正)山成就院炎天寺としたといいます。新四国四箇領八十八ヵ所霊場88番札所です。

炎天寺
炎天寺の概要
山号 幡勝山
院号 成就院
寺号 炎天寺
住所 足立区六月3-13-20
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 六月八幡神社別当



炎天寺の縁起

炎天寺は、天嘉4年(1056)奥州鎮定に赴いた源頼義・義家父子が必勝祈願の成就を感謝して、幡(旗)勝(正)山成就院炎天寺としたといいます。

境内掲示による炎天寺の縁起

当山は平安期の末に創建されたもので、天嘉4年(1056)炎天続きの旧暦6月奥州の安倍一族の反乱を鎮定に従く源頼義、八幡太郎義家父子のひきいる軍勢が野武士と激しく戦いきわめて苦戦となったが、京の岩清水の八幡宮に祈念し、ようやく勝利を得ることができた。
そこで寺の隣りに八幡宮を建立、地名を六月村と改め、寺名を源氏の白旗(幡)が勝ったので幡勝山、戦勝祈願が成就したので成就院、気候が炎天続きだったので炎天寺と改めたと伝えられる源氏ゆかりの寺で江戸後期の俳句の俳人小林一茶がいくつかの名句を残している。
やせ蛙負けるな一茶是にあり(文化13年4月)
蝉鳴くや六月村の炎天寺(文化13年9月)

新編武蔵風土記稿による炎天寺の縁起

六月村八幡社)別當炎天寺
新義真言宗、西新井村総持寺末、幡正山成就院と號す、本尊弥陀及び弘法大師の作なる薬師を安す。(新編武蔵風土記稿より)

足立風土記資料寺院明細による炎天寺の縁起

中本寺西新井大師総持寺門徒 東京府管轄武蔵国足立郡六月村 幡正山成就院
創立年暦并開山不詳、寺格無之。
但当住無之、東京府管轄武蔵国足立郡西新井村西新井大師総持寺住職堅渓兼務。
境内、7畝分、但除地。檀家、42軒。門末、無之。庵室等、無之。


炎天寺の周辺図


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