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西光院|足立区中川にある新義真言宗寺院

西光院の概要

新義真言宗寺院の西光院は、紫雲山安養寺と号します。西光院の創建年代は不詳ですが、徳川家康の江戸入府に伴い当地周辺が開拓された際、伊奈備前守の新田開発の命を受けて土着した浅田長右衛門(永禄6年-慶安元年、1563-1648寂)の持仏堂に、教栄法印が開山となり創建したといいます。新四国四箇領八十八ヵ所霊場10番札所です。

西光院
西光院の概要
山号 紫雲山
院号 西光院
寺号 安養寺
住所 足立区中川3-21-20
宗派 新義真言宗
葬儀・墓地 -
備考 -



西光院の縁起

西光院の創建年代は不詳ですが、徳川家康の江戸入府に伴い当地周辺が開拓された際、伊奈備前守の新田開発の命を受けて土着した浅田長右衛門(永禄6年-慶安元年、1563-1648寂)の持仏堂に、教栄法印が開山となり創建したといいます。

新編武蔵風土記稿による西光院の縁起

(長右衛門新田)西光院
新義真言宗、葛飾郡金町村金蓮院末なり、紫雲山と號す、本尊弥陀を安す
観音堂(新編武蔵風土記稿より)

足立風土記資料寺院明細による西光院の縁起

中本寺金蓮院末 東京府管轄武蔵国足立郡長右ヱ門村 紫雲山 西光院
創立年歴并開基不詳、色衣香衣一色寺格
世代不詳住職 淳敬 壬申22歳。印旛県管轄下下総国葛飾郡上矢切村農町山市平五男、安政5年12月7日東京府管轄武蔵国葛飾郡金町村金蓮院ニ而得度、慶応3年7月2日本山小池坊江交衆、慶応4年11月23日印旛県管轄下下総国葛飾郡上矢切村宝蔵院住職、明治4年12月24日当院住職、本山年数5年。以上僧壱人
境内1反6畝3歩、但し除地。檀家38軒。門末并庵室等無之(足立風土記資料寺院明細明治5年項より)

足立区仏教会資料による西光院の縁起

西光院の創建は、いまより約400余年前と思われる。徳川家康が関八州に転封されたとき、伊奈備前守忠次がこの地を治める大事業として、河川改修、新田開発、新村落の建設、寺院創建保護などの積極的関東づくりを行った。
当町(現・中川町)開基浅田長右衛門(永禄6年-慶安元年、1563-1648寂)は現・埼玉県与野市与野の土豪武士であったが、慶長(1596-1614)の初め伊奈備前守の新田開発の命を受けて、この地に土着、開拓していった。
当寺は浅田氏の持仏堂であったものが、開祖教栄法印が来村し、浅田氏および村民その徳を慕い師を開山に迎え一寺を創立したもので、示寂(寛永元年6月23日、1624)までこの寺で送っている(生国、生年不詳)。したがって創建年月日は不詳であるが、江戸初期である。
当町開拓者浅田長右衛門夫妻墓(足立区有形文化財第24号)、田光り観音(足立区有形民俗文化財第4号指定)、枝曼荼羅(足立区有形民俗文化財63006号指定)、桜樹多く桜寺の俗名あり。(足立区仏教会資料より)


西光院所蔵の文化財

  • 浅田長右衛門夫妻墓(足立区有形文化財第24号)
  • 田光り観音(足立区有形民俗文化財第4号指定)
  • 枝曼荼羅(足立区有形民俗文化財63006号指定)

西光院の周辺図


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