慈眼寺|足立区江北にある真言宗豊山派寺院

猫の足あとによる東京都寺社案内

如意輪山慈眼寺|荒綾八十八ヶ所

慈眼寺の概要

真言宗豊山派寺院の慈眼寺は、如意輪山清観院と号します。慈眼寺は、南北朝時代の元応2年(1320)興源僧都が創建したと伝えられるといいます。荒綾八十八ヶ所霊場53番札所です。

慈眼寺外観
慈眼寺の概要
山号 如意輪山
院号 清観院
寺号 慈眼寺
住所 足立区江北3-24-2
宗派 真言宗豊山派
本尊 阿弥陀如来坐像
葬儀・墓地 -
備考 荒綾八十八ヶ所霊場54番札所



慈眼寺の縁起

慈眼寺は、南北朝時代の元応2年(1320)興源僧都が創建したと伝えられるといいます。

新編武蔵風土記稿による慈眼寺の縁起

(沼田村)慈眼寺
同宗(新義真言宗)、総持寺門徒、光明山と號す、本尊観音を安す(新編武蔵風土記稿より)

足立仏教会資料による慈眼寺の縁起

真言宗豊山派、如意輪山清観院慈眼寺と号す。開基は、南北朝時代の元応2年(1320)興源僧都と伝えられる。
伝承によれば、当寺は再三の火災にあい、ことに宝暦年間(1751-63)の火災で堂宇、宝物、古資料など貴重な什宝のことごとくが灰燼に帰したという。
以来、衰微の一途をたどったが、近代に至り、堅渓、堅海大和上、海寿、堅清僧正など寺門興隆によく心を用い、檀徒の協力を得て復興をみた。
本尊は、如意輪観世音菩薩、安置仏として延命地蔵菩薩、不動明王の諸像がある。
また、境内左側墓地入り口付近に、元応2年(1320)の阿弥陀三尊種子板碑がある。高さ117cm、幅34cm、ほとんど完全な形で残っており、彫りの見事さ、様式も含め、区内で代表的な板碑である。昭和57年12月区登録有形文化財とした。(足立仏教会資料より)

足立風土記資料による慈眼寺の縁起

中本寺西新井大師総持寺門徒 東京府管轄武蔵国足立郡沼田村 慈眼寺
創立年暦并開山不詳、寺格無之。但当住無之、東京府管轄武蔵国足立郡沼田村薬王院住職良如兼務。
境内2畝6歩、但除地。
檀家 無之。門末 無之。 庵室等 無之。

慈眼寺所蔵の文化財

  • 元応2年(1320)の阿弥陀三尊種子板碑

慈眼寺の周辺図