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真国寺|足立区伊興にある日蓮宗寺院

真国寺の概要

日蓮宗寺院の真国寺は、蓮栄山と号します。真国寺の創建は建武2年(1335)といわれ、天正7年(1579)日安が日蓮宗に改宗の上開山したといいます。

真国寺
真国寺の概要
山号 蓮栄山
院号 -
寺号 真国寺
住所 足立区伊興5-1-1
宗派 日蓮宗
本尊 三寳祖師像
葬儀・墓地 -
備考 -



真国寺の縁起

真国寺の創建は建武2年(1335)といわれ、天正7年(1579)日安が日蓮宗に改宗の上開山したといいます。

新編武蔵風土記稿による真国寺の縁起

真國寺
日蓮宗、下総國葛飾郡中山法華経寺末、蓮榮山と號す、建武年中の起立と云へど詳ならず、今開山を経蔵院日安と云、天正の頃の僧侶なり、本尊は三寳なり、其脇に祖師の木像を置く、日親の作の由添状あり、左に載す、
此宗祖之儀は応永丗二年二月春、日親上人堪忍力行法御成就之砌、御一代法花弘通無難之誓を込、老法花堂一刀三體尊像無疑者也、
慶長元申十月十三日十四世
日院在判
櫻井嘉七・興之
元祖聖人日親御作、中山日院添書共に、檀方櫻井嘉左衛門奉納之、當山之可為什寳者也
武州谷中感応寺(現天王寺)日頃代三十番神(新編武蔵風土記稿より)

「ブックレット足立風土記伊興地区」による真国寺の縁起

真国寺(伊興五丁目)
日蓮宗。山号は蓮栄山真国寺。本尊は久遠実成本師、釈迦牟尼仏。板碑が四基あります。大正末期から昭和初期に新聞「万朝報」の記者であった伊藤銀月が当寺院に居住していました。(「ブックレット足立風土記伊興地区」より)

足立区仏教会資料による真国寺の縁起

真国寺の創建は、建武2年(1335)といわれ、南北朝時代の始まる前年である。
開基教蔵日安上人は、天正9年(1581)1月6日に示寂しているので、この時代に日蓮宗に改宗したものと思われる。中山法華経寺の末寺であった。堂内にある祖師像について「新編武蔵風土記稿」によると、「此の宗祖の儀は応永32年2月春、日親上人堪忍力行御成就の砌、御一代法花弘通無難之誓をこめ、法花堂において、一刀三礼尊像疑ひ無き者也、慶長元年10月13日、14世日院判」という記述がある。ほかに寛永9年(1632)と応永4年(1707)の祖師像があり、三寶像(安永3年、1774)、伊興の鬼子母神(寛政12年、1800)、三十番神などが安置されている。
また墓地には、享保17年(1732)よりの墓碑などがある。

足立風土記資料寺院明細による真国寺の縁起

本山下総国中山村法華経寺末 東京府管轄武蔵国足立郡伊興村 蓮栄山真国寺
創立天正7年、開基日安
第22世智境20歳。新治県管轄下下総国匝瑳郡松山村実川伝一郎三男、文久3年4月28日武蔵国足立郡島根村於国土安穏寺得度。
境内、畑6畝28歩、御年貢地。檀家6軒。


真国寺の周辺図


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