源正寺|足立区伊興にある真言宗豊山派の寺院
源正寺の概要
真言宗豊山派の源正寺は、無量山と号し、もと西新井大師総持寺末です。鎌倉時代の開山で、玄性寺という名称でした。天文20年(1551)真言宗寺院となり、寺号を源正寺と改字しました。荒綾八十八ヶ所霊場2番札所、伊興七福神恵比寿神です。
| 山号 | 無量山 |
|---|---|
| 院号 | - |
| 寺号 | 源正寺 |
| 住所 | 足立区伊興2-2-35 |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 葬儀・墓地 | - |
| 備考 | 荒綾八十八ヶ所霊場2番札所、伊興七福神恵比寿神 |
源正寺の縁起
源正寺は、「新編武蔵風土記稿」によると、鎌倉時代の開山で、玄性寺という名称でした。天文20年(1551)真言宗寺院となり、寺号を源正寺と改字しました。
足立区仏教会資料による源正寺の縁起
源正寺の開山は、遠く鎌倉時代、後醍醐天皇の御代である。「新編武蔵風土記稿」によれば「往古此所は地蔵堂にして、玄性寺といへり、今境内に六阿弥陀の号を彫り、延徳3年(1491)6月3日相阿弥陀佛と刻せし古碑あり、されば其頃は時宗の寺なるにや」とある。
その後、天文20年(1551)7月18日、数名の寄進せる阿弥陀如来像として、本堂改築して宗派を真言宗に改宗し、名称も玄性寺を源正寺と改字する。思うに、当時、伊興、竹の塚、六月村ほかの諸村は、源氏の古戦場にしてなんらか源氏と因縁があったのではないかと思う。
明和2年(1765)4月2日、時の住職寛敬和尚の発願により檀信徒、念仏講老婆一同の協力を得て再建したのが、昭和48年までの本堂である。その後昭和50年に新本堂が竣工し、現在に至る。
足立風土記資料寺院明細による源正寺の縁起
中本寺西新井大師総持寺門徒 東京府管轄武蔵国足立郡伊興村 無量山源正寺
創立年暦并開山不詳、寺格無之
但、当住無之、東京府管轄武蔵国足立郡伊興村実相院住職光覚兼務。
境内、御年貢地畑1反24歩、内3畝15歩御年貢御免地。
檀家45軒。門末無之。庵室等無之
源正寺の周辺図
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源正寺外観
源正寺地蔵尊