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入谷北野神社|足立区入谷の神社

入谷北野神社の概要

入谷北野神社は、足立区入谷にある北野神社です。入谷北野神社の創建年代は不詳ですが、豊臣秀吉の関東攻めの時に白幡を立てたことから白幡八幡と呼ばれるようになったといい、戦国時代後期には八幡社であったことがわかります。新編武蔵風土記稿が編纂された江戸時代後期にも八幡社とされていることから、明治時代以降に北野神社と改称したと思われます。

入谷北野神社
入谷北野神社の概要
社号 北野神社
祭神 菅原道真公
合祀 -
境内社
住所 足立区入谷1-11-13
備考 -



入谷北野神社の由緒

入谷北野神社の創建年代は不詳ですが、豊臣秀吉の関東攻めの時に白幡を立てたことから白幡八幡と呼ばれるようになったといい、戦国時代後期には八幡社であったことがわかります。新編武蔵風土記稿が編纂された江戸時代後期にも八幡社とされていることから、明治時代以降に北野神社と改称したと思われます。

入谷北野神社氏子中境内掲示による入谷北野神社の由緒

入谷北野神社(入谷一丁目十一番地十三号)
かつて「入谷田んぼ」と呼ばれた一面の田園地帯で、土地は区画整理により大きく都市化を遂げたこの周辺にあって、当社は古くから「天神様」という通称で呼ばれ地元の人々の信仰を集めてきた。
菅原道真公を御祭神とし、京都北野天満宮の流れを汲むが創建に関する詳しい由緒は不明となっている。現在、当社には嘉永六年(一八五三)正月の銘がある幟が保存されており、少なくとも幕末に祭礼が行われていたことがわかる。明治十二年(一八七九)に作成された「南足立郡神社明細帳」(東京都公文書館所蔵)の記録では、当時の境内は六八坪(二二五㎡)、社殿は間口三尺五寸(一㎡)、奥行四尺(一・二m)で信徒は一一〇戸であった。昭和六十年(一九八五)に実施された土地区画整理事業で、それまで三角形であった境内は四角形に整えられ、社殿も二坪に格調、鳥居も御影石製に新調され現在に至っている。
神社を管理しているのは、「下」と呼ばれる村内の共同生活単位のズシの人々で、毎年交替で祭礼の世話役である年版を決めている。祭礼は正月と十月のそれぞれ二十五日である。正月は一年間の豊作祈願とともに、年頭の氏子顔合わせや年間の取り決め事の場でもあった。十月は幟も掲げられ、各家庭の手作りの供物が奉納された。出店も並び、農作物の収穫に感謝し大変な賑わいを見せていた。当社は神社や祭礼が、地域の中心であった時代をしのぶことができる貴重な例として、今も地元に息づいている。
また当社境内には、もと東側四十mにあった宝永七年(一七一〇)十一月に入谷村の人々が造立した庚申塔が区画整理によって移動し、保存されて過去の信仰を知るよすがとなっている。(入谷北野神社氏子中境内掲示より)


入谷北野神社の周辺図


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