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大鷲神社|足立区花畑の神社、新羅三郎戦勝祈願の神社、酉の市

大鷲神社の概要

大鷲神社は、足立区花畑にある神社です。を祈願したと伝えられ、応徳(1084)の頃から酉の日に行われる例祭が活況を呈していたといい、江戸期には花又村の鎮守としてだけでなく、11月に催される酉の市として著名だったといいます。明治5年に村社に指定されました。江戸時代から続く酉の市は、毎年7月の第3日曜日に開催され、大変賑わいます。

大鷲神社鳥居と
大鷲神社の概要
社号 大鷲神社
祭神 日本武命
相殿 -
境内社 稲荷神社、疱瘡神、他5社
住所 足立区花畑7-16-8
備考 花又村村社、酉の市



大鷲神社の由緒

大鷲神社の創建年月等は不詳ながら、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられ、応徳(1084)の頃から酉の日に行われる例祭が活況を呈していたといい、江戸期には花又村の鎮守としてだけでなく、11月に催される酉の市として著名だったといいます。

新編武蔵風土記稿による大鷲神社の由緒

(花又村)鷲明神社
村の鎮守なり、年々十一月酉の日には必都鄙参詣のもの貴賤群集す、これを酉のまちと號す、社内に安ずる神體は古色のものなりと云へど、容易に人の見ることを許さず、又縁起一巻あり、うけがたき事のみを記せり、ただ記中に應徳二年成して、寶永二年に至る迄、後しばしば書改し由を載たれば、古き物なる故、全文を記して見るものの取捨にまかせり。(文面省略)
神楽殿、御手洗池二ヶ所。
末社。
稲荷社二宇。辨天社。疱瘡神社。金毘羅社、いかなる故にや日限の金毘羅といふ。(新編武蔵風土記稿より)

足立区教育委員会掲示による大鷲神社の由緒

大鷲神社の創建は古く、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられるゆかりの社である。
当社は応徳(1084)の頃から毎年11月の酉の日に例祭が行われ大変なにぎわいを呈し、世にこれを「酉のまち」といわれた。また江戸中期にはじまり、酉の日(現在は7月の第3日曜日)の祭事として奉納されている「獅子舞」は歴史と伝統を持つ古式ゆかしいものである。
現在の本殿は嘉永7年(1854)に上棟、明治8年竣工、総欅方3間四方唐破風造りである。正面左右に浮彫りされている「昇り龍」「降り龍」は建築彫刻の名作である。また拝殿は棟札の記録からみると寛永元年の創建である。境内には、江戸時代に農家の若者衆が力くらべに使った「力石」が保存されていて農民生活の一面を物語っている。
「獅子舞」は区の指定文化財に、「本殿」「力石」は登録文化財になっている。(昭和63年2月 東京都足立区教育委員会掲示より)


大鷲神社所蔵の文化財

  • 大鷲神社の獅子舞(足立区指定無形民俗文化財)
  • 大鷲神社拝殿(足立区登録有形文化財)
  • 大鷲神社力石(足立区登録有形文化財)

大鷲神社の周辺図