大鷲神社|足立区花畑の神社、新羅三郎戦勝祈願の神社、酉の市
大鷲神社の概要
大鷲神社の創建年月は不詳ですが、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられるゆかりの社です。明治5年に村社に指定されました。江戸時代から続く酉の市は、毎年7月の第3日曜日に開催され、大変賑わいます。
| 社号 | 大鷲神社 |
|---|---|
| 祭神 | 日本武命 |
| 相殿 | - |
| 境内社 | 稲荷神社、疱瘡神、他5社 |
| 住所 | 足立区花畑7-16-8 |
| 備考 | 花又村村社、酉の市、旧別当:正覚院 |
大鷲神社の由緒
大鷲神社の創建年月は不詳ですが、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられるゆかりの社です。
東京府管下武蔵国南足立郡花又村字村北 村社 鷲神社
祭神 日本武命
由緒 寛治5年清原武衛及家衛叛シ仙北金沢城ニ拠リ拒之、陸奥守義家攻謀ヲナス、其弟義光時ニ禁中ヘ宿衛ス、兄戦ヒ利アラサルヲ聞、乃チ朝ニ請ヒ赴テ戮力ント欲スレトモ許サレス、因テ遂ニ潜行ノ北地ニ到ル、古社アリ義光土人ニ祭神ヲ問フ、土人曰ク日本武命ト答フ、氏頓首再拝戦叨ヲ折、□奥賊ヲ夷テ后再ヒ爰ニ来テ冑ノ前立○、大聖牟尼乗鷲形ノ像ヲ納ム、是ヨリ鷲大明神ト称ス、故ニ例年11月酉日ヲ以祭祀ノ礼ヲ行フト云フ、去ル明治元年神仏混淆区分ノ砌鷲大神ト称セリ、其後明治5年11月17日村社ニ被定候。
本社 間口3間奥行2間4尺4寸
拝殿 間口4間4尺奥行2間4尺
神楽殿 間口2間奥行3間
社務所 間口5間奥行4間
境内2430坪、官有地第1種
境内神社2社
稲荷神社、祭神宇迦之御魂命、由緒不詳、建物間口3尺奥行3尺
疱瘡神、祭神墨江大神、由緒不詳、建物本社間口4尺奥行4尺
境外所有地。田1反2畝11歩花又村北耕地、時価金71円43銭1厘。畑7畝11歩、同所、時価金14円23銭2厘。
氏子280戸。東京府庁迄距離4里31町(足立風土記資料神社明細より)
大鷲神社の由緒
大鷲神社の創建は古く、平安時代、新羅三郎義光が奥州の役に赴く途中、社前に戦勝を祈願したと伝えられるゆかりの社である。
当社は応徳(1084)の頃から毎年11月の酉の日に例祭が行われ大変なにぎわいを呈し、世にこれを「酉のまち」といわれた。また江戸中期にはじまり、酉の日(現在は7月の第3日曜日)の祭事として奉納されている「獅子舞」は歴史と伝統を持つ古式ゆかしいものである。
現在の本殿は嘉永7年(1854)に上棟、明治8年竣工、総欅方3間四方唐破風造りである。正面左右に浮彫りされている「昇り龍」「降り龍」は建築彫刻の名作である。また拝殿は棟札の記録からみると寛永元年の創建である。境内には、江戸時代に農家の若者衆が力くらべに使った「力石」が保存されていて農民生活の一面を物語っている。
「獅子舞」は区の指定文化財に、「本殿」「力石」は登録文化財になっている。
昭和63年2月 東京都足立区教育委員会
大鷲神社にある足立区文化財
- 大鷲神社の獅子舞(足立区指定無形民俗文化財)
- 大鷲神社拝殿(足立区登録有形文化財)
- 大鷲神社力石(足立区登録有形文化財)
大鷲神社の周辺図
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大鷲神社参道
大鷲神社拝殿
大鷲神社神楽殿
境内社3社
市杵島姫神祠と他1祠
境内社1社
大鷲神社弁財天